2020年1月7日火曜日

ハブテン少年[その142]




『少年』は、当時(1960年代)、人気のイギリスのバンド『ザ・ビートルズ』が『ヤロー・ソコリン』と訳の分らない歌を唄っているのを聞いてハブテた。

ハブテルと、

「あんたあ、ハブテンさんな」

と母親に叱られると思ったが、ハブテた。


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「(んぐっ!)」

自衛隊は、『パルファン』子さんの前に、どこかに飛んで行った。『ミドリチュー』(広島市立翠町中学)の音楽室の入り口前のスペースで、友人で同じブラスバンド部(吹奏楽部)のスキヤキ君を卍固めを決めたまま、エヴァンジェリスト少年の眼は、窓の向こう対面にある本校舎の教室に釘付けになっている。

「(んぐっ!んぐっ!)」

エヴァンジェリスト少年の体のある部分が更に硬さを増した。窓の向こう対面にある本校舎の教室にいる『パルファン』子さんの横に、あの『肉感的』な少女が姿を見せたのだ。あの貧相な老人も、『肉感的』な少女の前に、どこかに飛んで行った。

「(え!?え!?え!?)」

スキヤキ君は、友人の脚による首へのロックが緩み、顔を斜め上の友人の顔に向けた。

「どしたん?」
「へ?!」

我に返ったエヴァンジェリスト少年は、スキヤキ君をロックする片手と両脚に再び、そして、何かを誤魔化すように、それまで強く力を入れた。

「カモーン!カモーン!カモーン!」

それは、プロレスが超えてはいけない一線を超えた締め付け方であった。

「うっ、うっー!ギブアップ!ギブアップ!ギブアップ!」

スキヤキ君は、堪らずギブアップをし、エヴァンジェリスト少年も卍固めを解いた。

「いてて、いてて…..」

スキヤキ君は、卍固めで決められていた腰の横と、その対角線にある肩、そして首を押さえながら、呻いた。



「うっ、うっ!」

攻撃していた方のエヴァンジェリスト少年も呻いた。両手は股間にあった。

「(危なかったあ。2人同時だと、破裂しそうだ….)」

2人の美少女の前には、自衛隊も、貧相だが崇拝される老人も、ひとたまりもなかった。

『ハブテン少年』であったエヴァンジェリスト少年は、おかしいものはおかしいと主張する『ハブテル少年』となり、『大人』になり始めていたが、同時に彼の股間も『大人』になり始めていたのだ。

「(んぐっ、ぐっ、ぐっ、ぐっ、ぐっー!)」

窓の向こう対面にある本校舎の教室にいる2人の美少女が、こちらを見ていた(ような気がした)。


(続く)




2020年1月6日月曜日

ハブテン少年[その141]




『少年』は、当時(1967-1969年頃)、人気となっていたグループ・サウンズの一つである『ブルー・コメッツ』唄う『ブルー・シャトウ』という曲の『♫森とんかつ、泉にんにく♩』という替え歌は、自分も歌ったものの、どこが面白いか分らなかったが、そんなことではハブテン少年ではあったのだ(そもそもハブテルことでもなかった)。

だって、ハブテルと、

「あんたあ、ハブテンさんな」

と母親に叱られるのだ。


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「カモーン!カモーン!」

と、『ミドリチュー』(広島市立翠町中学)の音楽室の入り口前のスペースで、友人で同じブラスバンド部(吹奏楽部)のスキヤキ君を卍固めで締め上げ続ける。

「カモーン、ギブアップ!?」

卍固めを得意技とするアントニオ猪木が憑依したエヴァンジェリスト少年は、下顎をグーッと長く前に突き出す。

「うっ!」

スキヤキ君は、歯を食いしばる。

「カモーン!カモーン!」

更に捻りあげる。何かに怒っているかのような形相になっている。

「うっ、うっ!」

ジャスティス君は、躰だけではなく、顔も歪む。

「(どうして、当り前のことを云ってはいけなんだ!?)」

自衛隊のことや、民衆が愚かにも崇拝する貧相な老人のことを口にすると、親は猛烈に怒るのだ。平手打ちも飛んできた。



「カモーン!カモーン!カモーン!」

少年は、ハブテていた。『ハブテン少年』は、『ハブテル少年』になっていた。そう、それまで『いい子』であった少年は、不貞腐れたり、腹を立てたりする子になっていた。相手が、親であれ、教師であれ。

「うっ、うっ、うっー!」

しかし、スキヤキ君は、友人の事情なんて知らない。

「(ど、ど、どうしんたんだ?!いつもより強い。締め付け方が強過ぎ....うっー!)」

と、ギブアップ寸前のところで、卍固めの腕の決めも、脚の決めも緩くなった。

「(んん?)」

ただ、背中というか腰に当っている友人の体のある部分だけが、硬直していているように感じられた。

「(『パルファン』子!?)」

エヴァンジェリスト少年は、窓の向こう対面にある本校舎の教室に『妻』の姿を見つけたのだ。


(続く)




2020年1月5日日曜日

ハブテン少年[その140]




『少年』は、当時(1967-1969年頃)、人気となっていたグループ・サウンズの一つである『ブルー・コメッツ』唄う『ブルー・シャトウ』という曲の『♫森とんかつ、泉にんにく♩』という替え歌は、自分も歌ったものの、どこが面白いか分らなかったが、そんなことではハブテン少年ではあったのだ(そもそもハブテルことでもなかった)。

だって、ハブテルと、

「あんたあ、ハブテンさんな」

と母親に叱られるのだ。


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「ふん、バカじゃないの」

日曜日の朝、居間でテレビを見ている父親の側で、エヴァンジェリスト少年が呟いた。

「ん?」

チチ・エヴァンジェリストは、末息子の方に顔を向けた。

「何が有難いんだろう?」

テレビで貧相なある老人に対して人々が、手を振ったり、万歳をしたり、涙したり、拝んでいるのを見ていた。

「何云いよるん!」

温厚を絵に描いたようだと周囲から云われる父親が、珍しく気色ばんだ。

「別に偉い訳でもないのに」
「変なこと云いいんさんな」
「別に偉くもない人を有り難がるのは変だよ」

自分は好きではなかったが、女の子たちが、『ザ・タイガース』の『ジュリー』こと沢田研二を好きになり、『キャー、キャー』云う方がまだ理解できた。

「いい加減にしんさい」
「バカみたいだ」

この国は、独裁国家より酷いと思った。独裁国家では、民衆は独裁者を崇拝する。いや、それは崇拝することを強要されているだけかもしれない。しかし、この国は、民主主義の国のはずなのに、ただの老人を、いや、自分たちに対して『ミナが….』と偉そうな口のきき方をする老人を、民衆が自発的に有り難がるのだ。



「やめんさい!」

父と末息子の会話を聞いた母親が、台所から居間に来て怒鳴った。

「(どうしたんだろう、この子は?)」

3人の息子の中で一番、優秀で品行方正な末息子の変化に戸惑いながら、怒鳴った。

「そうようなことは云うたらいけん!」
「でも、本当じゃないか。別に偉くもなんでもない人間を有り難がるなんて変じゃないか!」

このことを口にすると、父親も母親も怒ることはハナから分っていたが、それでも自分を抑えることができない。

『パルファン』子さんが、脳裏から離れなくなり、堪らず、帰宅する『パルファン』子さんを追い、

「ボクと付き合ってくれないか?!」

と、そう告げたように、自分を抑えることができない。

「やめんさい!そうようなことを云うんは!」

と、云い終える前に、母親は、息子の頬に平手を飛ばした。

「ぐうーっ!」

息子は、打たれた頬を押さえながら、母親を睨みつけた。


(続く)



2020年1月4日土曜日

ハブテン少年[その139]




『少年』は、当時(1967-1969年頃)、人気となっていたグループ・サウンズの一つである『ブルー・コメッツ』のヒット曲『ブルー・シャトウ』という曲のどこがいいのか分らなかったが、そんなことではハブテン少年ではあったのだ(そもそもハブテルことでもなかった)。

だって、ハブテルと、

「あんたあ、ハブテンさんな」

と母親に叱られるのだ。


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「あんたあ、そうようなこと、云いんさんな」

ハハ・エヴァンジェリストは、困ったような、悲しそうな顔をしていた。

「どうして?」

その年(1969年)、助手として参加した『ミドリチュー』(広島市立翠町中学)の臨海学校で、教師に対して、きっぱりと『嫌です!』と云ったように、エヴァンジェリスト少年は、母親に対しても怯まず、疑問を呈した。

「どうしてもよねえ」

2人の兄と違い従順ないい子であった末息子のそれまでと異なる物言いに戸惑い、母親は理屈にならない返事しか云えなかった。

「変だよ」

当り前のことであった。当り前過ぎることであった。

「あんたあ、いい加減にしんさい!」

母親は、大きな声を上げるしかなかった。

「でも、憲法違反だよ」

北海道の長沼町に「ナイキ地対空ミサイル基地」を建設しようとする自衛隊に対して、地元住民たちが、自衛隊は違憲、として立ち上がったニュースをテレビで見たエヴァンジェリスト少年は、

「自衛隊は違憲に決ってるじゃない」

と云ったのだ。



「何云うとるん!」
「自衛隊って、どう見たって軍隊だよ。日本の憲法は、軍備を持つことを禁止しているのに」

正論を云う息子に、母親は、

「あんたあ、そうようなこと、云いんさんな」

と云うしかなかったが、それでも息子は引かない。息子は、自分の言葉に母親が怒るであろうことは想像できていたが、それでも自分を抑えることができない。

『パルファン』子さんが、脳裏から離れなくなり、堪らず、帰宅する『パルファン』子さんを追い、

「ボクと付き合ってくれないか?!」

と、そう告げたように、自分を抑えることができない。

「憲法違反に決まってる!」
「やめんさい!そうようなことを云うんは!」

と、息子を平手打ちするしかなかった。

「ぐうーっ!」

息子は、打たれた頬を押さえながら、母親を睨みつけた。


(続く)



2020年1月3日金曜日

ハブテン少年[その138]




『少年』は、当時(1967-1969年頃)、人気となっていたグループ・サウンズの一つである『ザ・カーナビッツ』のヒット曲『好きさ好きさ好きさ』という曲のどこがいいのか分らなかったが、そんなことではハブテン少年ではあったのだ(そもそもハブテルことでもなかった)。

だって、ハブテルと、

「あんたあ、ハブテンさんな」

と母親に叱られるのだ。


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「嫌です!」

エヴァンジェリスト少年は、きっぱり断った。

「無理です!」

エヴァンジェリスト少年は、もう、大人の命令にただただ従順に従う少年ではなくなっていた。

「できません!」

先生に対して、はっきり宣言した。

「(一緒に溺れてしまう)」

山口県光市で行われた『ミドリチュー』(広島市立翠町中学)の臨海学校で、助手となった3年生のエヴァンジェリスト少年に、パンヤ先生ではない体育教師が、少年の受け持ったクラスの1年生の生徒たちを一人一人、岸から数メートル先のところまで連れて行くよう指示をしたのだ。

「(ボク、一人でも行くのは嫌だ!)」

瀬戸内海は、遠浅ではないので、岸から数メートル先の海では、足が海底につかない。

「(足がつかなかったら溺れるじゃないか!)」

一人でも溺れるかもしれないのに、そこにまだようやくバタ足でなんとか泳げるようになったばかりの1年生を自分が連れて泳いで岸から離れるなんて、そんな怖いことは真っ平御免であった。

「(この子たちをなんとか泳げるようにしただけで十分じゃないか)」

確かにそうであった。エヴァンジェリスト少年が受け持ったのは、カナヅチの少年たちであった(体育と同じで、臨海学校のクラスも男女別であった)。

「ボクがついてる。怖くないから顔を水につけて」

海面が腰までこないくらいのところまで海に入り、後輩一人一人、両手を取り、そう声をかけて、顔を見ず(海)につけさせることから始めた。

「そうそう、その調子!」

一人一人、そう励ましながら、ビート板を持ったバタ足の練習を繰り返し、ビート板なしでもバタ足で少し進めるようにさせることができた。

「(ボクは、理論なら把握しているんだ)」

臨海学校の助手の特訓で、地元広島にある大学で体育の講師をしているというオジイチャン先生から、水泳の理論は徹底的に叩き込まれたのだ。助手となる3年生の中で、その理論を一番把握したのが、エヴァンジェリスト少年であった。それは、体育というよりも、理屈の学問であった。

「(息つぎはできないけど、理論なら大丈夫だ)」

そして、その理論通り、臨海学校では、受け持ったクラス5人のカナヅチの1年生をなんとかバタ足で泳げるようにまでしたのであった。しかし……

「嫌です!」

受け持ったクラスの1年生の生徒たちを一人一人、岸から数メートル先のところまで連れて行くことだけは、断固として拒否した。助手に対する特訓で水泳の理論は会得したが、実技としての水泳に対しては、苦手克服とはいかなかったのだ。

「無理です!できません!」

ただただ怖くて嫌なことを拒否しただけであったが、砂浜で胸を張り毅然とした態度をとる少年を遠くから凝視める少女がいた。



「(エヴァ君!)」

1年生の女子生徒を助手として教える『ユートミー』子さんは、少し離れたところで何故か胸を張る愛しの少年に、心も体も奪われていた。

「(んぐっ!)」

そして、その年の文化祭でもまた、エヴァンジェリスト少年の輝く姿に、『ユートミー』子さんも、他の女子生徒たちも、失神しそうになるのであった。当時(1969年の頃)、グループ・サウンズのファンで『流行った』ように。


(続く)



2020年1月2日木曜日

ハブテン少年[その137]




『少年』は、当時(1967-1969年頃)、人気となっていたグループ・サウンズの一つである『ザ・ワイルドワンズ』のヒット曲『想い出の渚』という曲のどこがいいのか分らなかったが、そんなことではハブテン少年ではあったのだ(そもそもハブテルことでもなかった)。

だって、ハブテルと、

「あんたあ、ハブテンさんな」

と母親に叱られるのだ。


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「(んぐっ!)」

『ミドリチュー』(広島市立翠町中学)の臨海学校の助手となる3年生の生徒たちの特訓をするプール・サイドに腰を下ろした一人の女子生徒は、思わず両脚を窄めた。

「(エヴァ君……)」

女子生徒も臨海学校の助手に選ばれ、地元広島にある大学で体育の講師をしているというオジイチャン先生の特訓を受けていた。

「君、型はええのお」

オジイチャン先生は、クロールで見事な手抜きを見せた少年を褒めていた。

「うぷっ!」

泳ぎを止めた少年は、口を尖らせ、音を発し、水に濡れた顔を拭った。

「(エヴァ君……)」

プール・サイドに腰を下ろしたその女子生徒、『ユートミー』子さんは、泳ぎの『型』はいい少年の名前を、声を出さずに呼んだ。

「君、型はすごいええけえ、息つぎもちゃんとしんさい」

オジイチャン先生は、エヴァンジェリスト少年への指導が一番、熱心である。泳ぎの『型』は誰よりもいいのに、息つぎができない。とても、とても惜しい少年なのだ。

「(んぐっ!)」

しかし、『ユートミー』子さんには、眼の前の少年が息つぎができようができまいが、そんなことはどうでもよかった。

「(んぐっ!)」

少年がブラスバンドでサックスを吹く姿にも『反応』するが、ここプールでは、裸体の少年に、より強く『反応』してしまう。



「ぷーっ!」

だが、エヴァンジェリスト少年は、『ユートミー』子さんの視線に気付かない。

「『ユートミー』子さんって、エヴァ君のことが好きなんよ」

他の3年生の女子生徒からそう聞いたことはあったが、彼に興味があったのは、2年生の『パルファン』子さんと、その同級生のあの『肉感的』な少女とであったのだ。

(んぐっ!んぐっ!)」

『ユートミー』子さんも綺麗で評判な、憧れている男子生徒も多い女子生徒であったが、エヴァンジェリスト少年が、彼女に視線を送ることはなかった。しかし、そのニヒルさが、却って『ユートミー』子さんの心をくすぐった。

「(ああ、『アラン・ドロン』!)」

髪を濡らし、裸の胸を晒したその姿が、映画『太陽がいっぱい』の『アラン・ドロン』を彷彿とさせたのだ。

「(んぐっ!んぐっ!んぐっ!)」


(続く)


2020年1月1日水曜日

ハブテン少年[その136]




『少年』は、当時(1967-1969年頃)、人気となっていたグループ・サウンズの一つである『ザ・ワイルドワンズ』のヒット曲『愛するアニタ』という曲のどこがいいのか分らなかったが、そんなことではハブテン少年ではあったのだ(そもそもハブテルことでもなかった)。

だって、ハブテルと、

「あんたあ、ハブテンさんな」

と母親に叱られるのだ。


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「(どうして、こんな変な泳ぎ方をするんだろう)」

エヴァンジェリスト少年は、疑問だった。『ミドリチュー』(広島市立翠町中学)の臨海学校の助手となる3年生の特訓では、バタフライも教えられたが……

「((両手で同時に水をかく意味が意味が判らない)」

そのバタフライでの息つぎは、水泳で息つぎができないエヴァンジェリスト少年には、クロールより難しかった。

「(んぐっ!)」

プールの中からかプールサイドからか、何か、音のような声のようなものが発せられたようであったが、エヴァンジェリスト少年は気が付かない。

「君、型はええのお」

地元広島にある大学で体育の講師をしているというオジイチャン先生は、エヴァンジェリスト少年のバタフライも褒めたが、やはり

「(どうして息つぎせんのんかのお?)」

と思う。背泳ぎも、教えた通りの型を見せたが、

「(背泳ぎは、息できるじゃろうに…)」

エヴァンジェリスト少年は、やはり泳いでいる間、息をしないのだ。

「(上向いていても口を開けると水が入ってくる)」

からである。油断大敵だ。

平泳ぎも、普通の人たちがするような脚を大きく開いて閉めるような泳法ではなく、教えた通り、膝を折って足の裏で水を蹴るような泳法を見事に披露して見せたが、


「(どうして息つぎせんのんかのお?平泳ぎは、普通に息するだけなんじゃが…)」

エヴァンジェリスト少年は、平泳ぎでも、息をしないのだ。

「(水のついた顔を上げた時、口を開けると水が入ってくる)」

からである。これまた、油断大敵だ。

こんな『型』はいいが、息継ぎをしない、いや、息つぎができないエヴァンジェリスト少年のことを、助手となる他の生徒たちは、冷ややかに見ていた。

「(頭はええし、人柄もええし、『アラン・ドロン』みたいな美男子じゃけど、泳ぎはダメじゃのお)」

しかし……


(続く)