2019年12月31日火曜日

ハブテン少年[その135]




『少年』は、当時(1967-1969年頃)、人気となっていたグループ・サウンズの一つである『ザ・ワイルドワンズ』のヒット曲『青空の有る限り』という曲のどこがいいのか分らなかったが、そんなことではハブテン少年ではあったのだ(そもそもハブテルことでもなかった)。

だって、ハブテルと、

「あんたあ、ハブテンさんな」

と母親に叱られるのだ。


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「君、型はええのお」

オジイチャン先生が、プールサイドから、そう声をかける。

「うぷっ!」

しかし、泳ぎを止めたエヴァンジェリスト少年は、『ミドリチュー』(広島市立翠町中学)のプールで、危うく水を飲みそうになっていた。

「(んぐっ!)」

近くで何か、音のような声のようなものが聞こえて気がし、顔を横に振ったが、プールの波に太陽光が反射し、思わず目を閉じたものの、

「うぷっ、ぷっー!」

エヴァンジェリスト少年が口を尖らせ、音を発した方に顔を向き直した。

「型はええけえ」

エヴァンジェリスト少年の泳ぎを褒めるのは、70歳くらいと見えるオジイチャンであった。臨海学校の助手になる3年生の生徒たちを指導するのは、地元広島にある大学で体育の講師をしているという老人であった。

「(そうだ、ボクは元々、泳ぎが下手だった訳ではないのだ)」

水に濡れた顔を拭ったエヴァンジェリスト少年は、頬に笑みを浮かべた。しかし、少年は、オジイチャン先生の言葉を総ては理解していなかった。

「(型はええのに、どうしてなんかいのお?)」

確かに、今、少年は、水をかいた教えた通りの型でクロールで泳いだのだが、

「(どうして息つぎせんのんかのお?)」

エヴァンジェリスト少年は、見事な泳法でクロールを泳いだが、泳いでいる間、息つぎをしないのだ。

「君、型はすごいええけえ、息つぎもちゃんとしんさい」
「(む。……)」

エヴァンジェリスト少年の頬から、笑みが消え、

「(息つぎかあ…..)」

眉間に皺ができた。

「(泳いでいる途中に口を開けたら、水が入ってきてしまう……)」

だから、プールの25mを泳ぎきることはできなかった。

「(プールの水なんか飲みたくない)」

それは、クロールだけではなく、バタフライでもそうであった。




(続く)




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