2020年1月14日火曜日

ハブテン少年[その149]




『少年』は、その年(1969年)、アポロ11号で人類初の月面着陸が為されたが、その時の映像を見る限り、月にウサギがいる様子がないだけではなく、臼も杵もないらしいことに、ハブテた。

ハブテルと、

「あんたあ、ハブテンさんな」

と母親に叱られると思ったが、ハブテた。


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「これやってくれ」

と云うと、パンヤ先生は、エヴァンジェリスト少年たち3人の男子生徒に何やら印刷された紙の束をテーブルに、どんと置いた。

「は?」

と、3人が紙束に眼を演っていると、その紙束の上に、3本の赤鉛筆が投げられた。

「へ?」
「コーセイしてくれ」
「(コーセイ?いや、ボクたちは、不良ではないから、『更生』する必要なんかないぞ)」



『ハブテル少年』となっていたエヴァンジェリスト少年は、憮然とした様子を隠さない。

「これ、学校から父兄へのお便りなんじゃが、間違いを直してくれ」

『コーセイ』は、『更生』ではなく『校正』であった。3人の男子生徒がパンヤ先生に連れて来られたのは、印刷所であったのだ。

「でも、どうするのか知りません!」
「ええけえ。やり方、教えちゃるけえ」

と、パンヤ先生は、印刷物を1枚テーブルに置き、赤鉛筆を手にして説明を始めた。

「(何故、ボクたちがこんなことをしないといけないんだ!)」

と云う口にはしない不満を感じたのか、

「お前ら、頭がええけえ、頼むんじゃ」

と、パンヤ先生は、強面の顔の割に可愛い眼をくりくりさせ、口角も上げた。

「はい……」

『ハブテル少年』となってはいたが、煽てには乗ってしまう少年であった。

「(そうかあ……ボクは、『ミドリチュー』(広島市立翠町中学)の中でも特に、頭がいい、と思われてんるんだ。まあ、2年の時は、担任のオーカクマク先生に、生徒会長になるように云われたしなあ)」

その時、『パルファン』子さんと、あの『肉感的な』少女とを思い出した。

「エヴァさんって、ハンサムなだけではなく、頭もいいのねえ。ス・テ・キ!」

2人の少女のどちらが云った(と妄想した)かは、問題ではなかった。

「(んぐっ!)」

慌てて、股間を抑えた。


(続く)




2020年1月13日月曜日

ハブテン少年[その148]




『少年』は、その年(1969年)、アポロ11号で人類初の月面着陸が為されたが、その時の映像を見る限り、月にウサギがいる様子がないことに、ハブテた。

ハブテルと、

「あんたあ、ハブテンさんな」

と母親に叱られると思ったが、ハブテた。


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「卒業した生徒なんじゃと」

ハハ・エヴァンジェリストは、末息子にそう云った。

「体育館じゃと」

エヴァンジェリスト少年は、中国新聞のその記事を読まなかったので、あくまで母親に聞いた限りであるが、その前日、卒業した生徒が学校にやって来て、体育館で、先生に『お礼参り』をしたらしい。



「ふーん」

エヴァンジェリスト少年は、気のない返事をした。当時(1960年代)、『ミドリチュー』(広島市立翠町中学)は荒れていると云われていたが、入学してみて、そして、3年間、そこで過ごして、『荒れている』という実感はなかったのだ。

しかし…….

「え!」

その日、登校して見たパンヤ先生は、頭に包帯を巻いていたのだ。

「(お礼参り……)」

パンヤ先生に促されて、工場のような、でも工場のようではないような建物の中に連れ込まれ、同学年で同じブラスバンド部隠のジャスティス君とスキヤキ君と共に、窓のない、薄暗い部屋で待たされている時、エヴァンジェリスト少年は、頭に包帯を巻いたパンヤ先生の姿を思い出していた。

「なんか怖いのお」

パンヤ先生が暴力を振るった訳ではなかったであろうし、そもそもパンヤ先生が『お礼参り』の当事者であったかどうかも定かではなかった。当事者であったとしても、加害者ではなく被害者であったであろうが、ブラスバンドの練習中に呼び出され、学校から何も告げられず連れ出され、どこかわからぬ部屋に押し込まれた状況が、3人の男子生徒を不安にしていた。

「ギーッ」

ドアが開き、パンヤ先生が、入って来た。


(続く)



2020年1月12日日曜日

ハブテン少年[その147]




『少年』は、当時(1960年代)、人気のイギリスのバンド『ザ・ビートルズ』が唄う『ヤロー・ソコリン』と訳の分らない歌が、実は『イエロー・サブマリン』という歌であり、また、『ヘーイ!柔道!』と訳の分らない歌が、実は『Hey Jude』という歌であるように、ビートルズに限らないが、英語や他の外国語の歌なんて、何を唄っているのか分からない、とハブテた。

ハブテルと、

「あんたあ、ハブテンさんな」

と母親に叱られると思ったが、ハブテた。


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「こっちじゃ」

どうやら東雲(広島市)あたりらしいところでタクシーを降ろされたエヴァンジェリスト少年たち、『ミドリチュー』(広島市立翠町中学)の3人の男子生徒は、パンヤ先生に促されて、工場のような、でも工場のようではないような建物の中に入って行った。

「(ここはどこだ?)」

男子生徒たちは、これまでの彼らの人生で入ったことのないような場所に足を踏み入れた。

「ここ、入れ」

パンヤ先生が、3人の男子生徒を招き入れたのは、応接セットの置かれた狭い部屋であった。窓のない、薄暗い部屋で、まさに誘拐されてきたかのようであった。

「なんなんですか?」

『ハブテル少年』となっていたエヴァンジェリスト少年は、臆することなく訊いた。

「まあええけえ、ここでちょっと待っとれ」

しかし、パンヤ先生は、構わず、そう言い残して部屋を出た。

「なんじゃろ?」
「分からん」
「なんか怖いねえ」

エヴァンジェリスト少年は、パンヤ先生が頭に包帯を巻いて学校に来たこと日のことを思い出した。



「お礼参りじゃ」

ハハ・エヴァンジェリストが、朝刊を読んで、そう云った日のことである。


(続く)




2020年1月11日土曜日

ハブテン少年[その146]




『少年』は、当時(1960年代)、人気のイギリスのバンド『ザ・ビートルズ』が唄う『ヘーイ!柔道!』と訳の分らない歌が、実は『Hey Jude』という歌であり、『ヘーイ、ジュード』と唄っていることを知り、『柔道』としか聞こえない、とハブテた。

ハブテルと、

「あんたあ、ハブテンさんな」

と母親に叱られると思ったが、ハブテた。


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「お前たち、ちょっと手伝ってくれんか?」

臨海学校の助手を依頼してきた時のようにまた、パンヤ先生が猫撫で声をかけてきた。

「あ?はいい……」

『ハブテル少年』となっていたエヴァンジェリスト少年であったが、事態をよく把握できず、曖昧な返事をした。しかし、ブラスバンドの練習中の音楽室から、パンヤ先生が呼び出したのは、エヴァンジェリスト少年だけではなかった。

「何ですか?」

ジャスティス君とスキヤキ君も音楽室入口前まで出てきていた。

「(いるかなあ?)」

パンヤ先生の呼び出し理由も気になったが、エヴァンジェリスト少年は、音楽室入口前の窓から見える本校舎の教室の方も気になった。

「エヴァ、どうした?」

パンヤ先生は、気もそぞろなエヴァンジェリスト少年の様子に気付き、声を掛けた。

「いえ、なんでもありません」

確かに、なんでもなかった。残念ながら、窓の向こう本校舎の教室には、『パルファン』子さんもあの『肉感的な』少女も、その姿を確認することはできなかったのだ。

「じゃ、ちょっと付いてきてくれ」

とだけ云うと、パンヤ先生は、音楽室横の階段を降りていき、3人の男子生徒は、互いに顔を見あっては、首を捻りながら、付いていった。

「なんじゃろ?」

しかし、パンヤ先生は、振り返ることをせず、『ミドリチュー』(広島市立翠町中学)の正門まで行くと、そこに待たせていたタクシーに3人の男子生徒を乗せた。

「え?え?えー?」

なんだか優しい誘拐にあっている感じであった。




(続く)



2020年1月10日金曜日

ハブテン少年[その145]




『少年』は、当時(1960年代)、人気のイギリスのバンド『ザ・ビートルズ』が唄う『ヘーイ!柔道!』という訳の分らない歌を唄っているのを聞いてハブテた。

ハブテルと、

「あんたあ、ハブテンさんな」

と母親に叱られると思ったが、ハブテた。


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「(んぐっ!)」

『石坂洋次郎』原作というよりも、『倉本聰』脚本の『颱風とざくろ』は、エヴァンジェリスト少年の魂を揺さぶったが、同時に、少年の体のある部分も大きく揺さぶった。

「♬なみーきよ、さかーあよ♫」

という『颱風とざくろ』の挿入歌(倉本聰・作詞、山本直純・作曲、森山良子・唄)に、少年の耳は酔い、『大人』への反発を強めながらも、少年の眼は、ブラウン管の映像に、別の『大人』なるものを捉えていた。

「(んぐっ!)」

主演(ヒロイン)は、『石坂洋次郎』ものドラマの常連である松原智恵子である。

「(いいのか、こんな格好をして?)」

あの清楚な女優が、水着姿になっていたのだ。お気に入りの女優がそんな姿をブラウン管に見せていることへの疑問を感じながらも、彼の体のある部分は、素直な『反応』を見せる。

「(んぐっ!)」

しかし、松原智恵子は、それに止まらぬ、これまで見せなかった姿を見せた。

「(んぐっ!んぐっ!)」

松原智恵子は、シャワー姿まで見せたのだ。


「(止めろ!止めろ!止めろ!ボク以外の男にそんな姿を見せなくていい!)」

と、心は叫びながらも、ビデオなどまだなかった当時の少年は、そのシャワー姿を、自身の眼に焼き付けようと瞬きを止めた。

「(んぐっ!んぐっ!んぐっ!)」

しかし、少年は、『己を見る』少年であった。

「(ああ、ボクは……)」

『大人』の穢れを忌み嫌う少年であったが、同時に、自らの『穢れ』を自覚せざるを得ない少年であったのだ。

「(んぐっ!)」

こうして、『倉本聰』は、この年(1969年)から、エヴァンジェリスト少年を、『大人』を拒否する少年に育てながらも、『大人』へと育てていったのだ。


(続く)




2020年1月9日木曜日

ハブテン少年[その144]




『少年』は、当時(1960年代)、人気のイギリスのバンド『ザ・ビートルズ』が唄う『ヤロー・ソコリン』と訳の分らない歌が、実は『イエロー・サブマリン』という歌であり、『イエロー・サブマリン』と唄っていることを知り、『そうは聞こえない』、とハブテた。

ハブテルと、

「あんたあ、ハブテンさんな」

と母親に叱られると思ったが、ハブテた。


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「♬なみーきよ、さかーあよ♫」

夏休みの間、エヴァンジェリスト少年の頭に中には、その年(1969年)、『禁じられた恋』というヒット曲を出した森山良子の歌声が響いていた。

「(題名ほどに面白くはなかったんだけど…)」

その歌は、中学時代、読みふけっていた石坂洋次郎の小説の一つ『颱風とざくろ』を原作としたテレビ・ドラマの挿入歌であった。

「(台風を『颱風』と書くと、なんだか特別な感じがする)」



題名の意味するものをよく理解できなかったが、石坂洋次郎の小説の中でも、題名としては秀逸であるように感じた。しかし、内容としては、特別に面白いものではなく、題名が秀逸である分、少しがっかりする内容のような気がしていたのだが…..

「(でも、このドラマは、違う!)」

日本テレビ系で放映されたテレビ・ドラマ『颱風とざくろ』は、面白いを超えた衝撃をエヴァンジェリスト少年に与えていた。

「(ふーん、『クラモト・ソウ』っていうのか)」

そのドラマで初めて、『倉本聰』という脚本家の存在を知った。いや、脚本家なるものを初めて意識したのが、テレビ・ドラマ『颱風とざくろ』であった。

「(これは、石坂洋次郎の『颱風とざくろ』ではない」)」

と思ったし、実際、原作とは大きくかけ離れたオリジナル・ドラマのようであったが、エヴァンジェリスト少年には、それは決して嫌なことではなかった。また、監督は、『藤田繁矢』であり、そして、それは後の『藤田敏八』であったが、そのことを知ったのは、ずっとずっと後年のことである。

「(主題歌もいいけど…..)」

『颱風とざくろ』の主題歌は、やはり森山良子が唄う『あこがれ』という歌であった。作曲は、優れた作曲家『山本直純』であり、さすがに印象に残る曲であった。また、作詞は、『小谷夏』という人であり、そして、それは当時TBSの演出家・プロデューサーであった『久世光彦』の作詞家としての名前であったが(TBSの社員が日本テレビのドラマの主題歌の作詞をするなんて妙であるが)、そのことを知ったのは、ずっとずっと後年のことである。

「(でも、やはりこの歌がいい)」

と思ったのは、これも『山本直純』作曲で、森山良子が唄う、

「♬なみーきよ、さかーあよ♫」

という、『颱風とざくろ』の挿入歌であった。ドラマのテーマを象徴する歌であった。

「ああ….」

エヴァンジェリスト少年は、その歌を聴くと、そう声を出さざるを得なかった。

「♬でもぼーくは、かたくなーに、おさなさーをむねにだきー♫」

そこに、自身を投影していたのだ。教師に、親に反発する自身の姿を、そのドラマに、その歌に見ていたのだ。

「♬ああ、むーなしく、ゆたーかな、オトナーに、なーりたくない♫」

『大人』になってきていた少年を、でも、『大人』になることを拒否する少年の心を描いて見せたのが、テレビ・ドラマ『颱風とざくろ』の脚本を書いた『倉本聰』であった。

「♬オトナーに、なーりたくない♫」

そして、テレビ・ドラマ『颱風とざくろ』の挿入歌の詩も書いた『倉本聰』が、石坂洋次郎に替わって、エヴァンジェリスト少年の心を捉えていったのだ。


(続く)


2020年1月8日水曜日

ハブテン少年[その143]




『少年』は、当時(1960年代)、人気のイギリスのバンド『ザ・ビートルズ』が『ヤロー・ソコリン』と訳の分らない歌を唄っているのを聞いてハブテた。

ハブテルと、

「あんたあ、ハブテンさんな」

と母親に叱られると思ったが、ハブテた。


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「ブブブブブーッ、ブブブブブブー」

『ミドリチュー』(広島市立翠町中学)の音楽室に、テナー・サックスの心地よい音色が響いていた。

「エヴァ、お前、うもうなったのお」

ムジカ先生は、心底、感心しているようであった。

「ブブブブブーッ、ブブブブブブラ、ブーラララーッ」

3年生になったエヴァンジェリスト少年は、アルト・サックスからテナー・サックスの担当に変っていた。

「ブブブブブーッ、ブーラ、ラララ、ブララ、ブララ、ブラララー」

演奏しているのは、大ヒットしたミュージカル映画『マイ・フェア・レディ』のメドレーであった。テナー・サックスが主旋律であった。

「お前、ホントに、うもうなったのお」

毎日、練習には来るものの、ブラスバンドが好きそうではなく、腕前も全く上達しない少年に主旋律を任せることには不安があったであろうが、少年のテナー・サックスは、思いの外、巧みであったのだ。

「(まあ、『マイ・フェア・レディ』の曲は何回も聞いているからなあ)」

次兄のヒモ君が、英語好き、映画好きであり、『マイ・フェア・レディ』を観に行き、サントラ盤のレコードも買って、毎日、プレーヤーでかけていたのだ。

「(曲を知っていたら、大丈夫だ。主旋律だし)」

1年生の時の「フィンランディア」も2年生の時の「新世界」も殆ど知らない曲であり、アルト・サックスは主旋律ではなかったので、曲のどこで吹き出していいのか分からないまま演奏していた。

「(どんなストーリーかも知っているし)」

エヴァンジェリスト少年は、映画『マイ・フェア・レディ』は観に行ってはいなかったが、ヒモ君からどんなストーリーであるかは聞いていた。レコードのジャケットに訳詞もあったので、曲(歌)の意味も理解できていたのだ。だから、感情移入もできたのだ。


「その調子でいけえよ」

と云って、ムジカ先生は、音楽室を出て行った。

エヴァンジェリスト少年は、心と股間だけではなく、ブラスバンドでも『大人』となってきていたのだ。

「(ん、よし。….でも、『うもうなった』っていうことは、これまでは下手だったのか…..)」

そのことにも気付く少年であった。


(続く)