2022年6月3日金曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その248]

 


「大きい冷蔵庫から、大きい牛乳を取り出すんじゃろ?」


ビエール少年は、隣席(左隣)の女子生徒から、そう訊かれた。1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室であった。体育館の『思道館』での入学式を終えたばかりである。


「大きい牛乳?」


と反応しながら、ビエール少年は、『牛乳が大きい』とはどのような状態であるのか、想像を巡らせようとした。


「大きい瓶に入った牛乳よおね」


隣席(左隣)の女子生徒は、自らの言葉足らずを正した。


「大きい瓶に入った牛乳?」




少しは、想像はしやすくなったが、未だビエール少年には、隣席(左隣)の女子生徒が頭に描くイメージを共有できないでいた。そして、この女子生徒は、冷蔵庫にせよ、牛乳瓶にせよ、どうして、『大きい』ことに拘るのか解せなかった。


「大きい云うても、『砂谷(さごたに)牛乳』じゃないけえね」


隣席(左隣)の女子生徒は、ますますビエール少年を混乱に陥れる単語を使ってきた。


「『サゴタニ』?」


広島に引っ越してきて間もないビエール少年は、地元広島産の『砂谷牛乳』を知らなかった。『砂谷牛乳』には、通常の牛乳瓶よりずっと大きな900mℓの、下部がどっしりと大きく、上部の注ぎ口の方が、キュッと細くなった大きな瓶の牛乳があることも知らなかったのである。


「『チチヤス』も美味しいけど、『サゴタニ』も美味しいよねえ。小学校の給食も、脱脂粉乳じゃのうて、『チチヤス』か『サゴタニ』じゃったら、良かったあ、思うんよ」

「『チチヤス』?」

「ああ、そりゃ、知らんよおね。『チチヤス』も『サゴタニ』もアメリカにはないじゃろうけえ」

「アメリカ?」


ビエール少年は、隣席(左隣)の女子生徒が、『大きい』ことに拘るだけではなく、何かと『アメリカ』を出してくることも解せなかった。



(続く)




2022年6月2日木曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その247]

 


「レスラーの血が、落ちとるでえ」


ビエール少年の隣席(右隣)の男子生徒は、あくまで、プロレスのリングは、三菱電機の電気掃除機『風神』で掃除する意味がある、と主張するのであった。1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室であった。体育館の『思道館』での入学式を終えたばかりである。


「『沖識名』(オキ・シキナ)のシャツも、破れて落ちとるんじゃけえ」


隣席(右隣)の男子生徒は、当時(1967年である)、不可解な裁定をすることで、すぐにレスラーからシャツを破られることで有名であったプロレスのレフェリーの名前を出してきた。




「ああ、『沖識名』ね。ああ見えても、昔は、ハワイで有名なプロレスラーだったんだってね。『力道山』にプロレスを教えたのも『沖識名』なんだよね?」


ビエール少年は、プロレスには興味はないものの、父親から聞いた『沖識名』情報を隣席(右隣)の男子生徒に披露した。ビエール少年は、特別なプロレスファンではない父親が、普通のプロレス.ファンでは知らないであろうその情報を、どうして知っていたのかは、知らなかった。


「ええ、あんなデブデブ、ボヨボヨじゃのにい、有名なプロレスラーじゃったん?!?トンミー君、よう知っとるのお。凄いのお」


身を乗り出すようにしてビエール少年に食ってかかりかけていた隣席(右隣)の男子生徒は、体を後ろに引き、冷静さを取り戻し、ビエール少年に対し、寧ろ尊敬の眼差しを向けた。


「ハワイいうたら、アメリカじゃろ?」


隣席(ビエール少年の左隣)の女子生徒が、また、話に割り込んできた。


「やっぱりじゃあ。やっぱり、アメリカのこと、よう知っとってじゃねえ」

「え?やっぱり?」


ビエール少年は、隣席(左隣)の女子生徒の云う意味を理解できなかった。



(続く)




2022年6月1日水曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その246]

 


「『フージン』だけじゃないんかあ」


と、ビエール少年の隣席(右隣)の男子生徒は、腕組みをして、感心を態度で見せた。1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室であった。体育館の『思道館』での入学式を終えたばかりである。


「『フージン』?」


ビエール少年は、その言葉が、日本語であるのか外国語であるのか、判断がつきかねたが、


「三菱電機いうたら、ワシ、『フージン』しか知らんけえ」


と続けた隣席(右隣)の男子生徒の言葉で、合点がいった。


「ああ、『風神』ね」


ビエール少年は、プロレスのリングを掃除する電気掃除機を思い出した。




「プロレスって、『三菱ダイヤモンド・アワー』だからね」


とビエール少年が云う通り、当時、プロレスのテレビ中継(『日本プロレス』の中継)は、三菱電機一社が提供する『三菱ダイヤモンド・アワー』の時間帯(金曜日の夜8時から1時間である)で放映されていた。


「『フージン』は、凄いのお。プロレスラーが散らかしたんを全部、掃除するんじゃけえ」


隣席(右隣)の男子生徒は、頷きながら、そう云った。しかし、


「え?そう?なんか、わざとらしいと思うんだけどなあ。リングの上には、別に掃除するようなものはないと思う。まあ、プロレス自体、わざとらしいと思うけど。それに、もう『力道山』がいなくなって、プロレスって、つまらなくなったんじゃないの?」


と、ビエール少年は、冷めた言葉を返した。


ビエール少年は、テレビでプロレスを見ることは少なくなっていた。プロレスを見たい訳ではなかったが、親が金曜日の夜8時になると、プロレス中継にチャンネルを合わせていたので、一緒に見ることになっていたのだ。


しかし、何年か前に(1963年である)、『力道山』が亡くなってからは、親も以前程には、プロレスを見ることが少なくはなっていたのだが、ビエール少年は、ロープに飛ばされたレスラーが、わざわざはね返ってきて、相手レスラーの攻撃を受けるなんておかしい、と元々、興味はなかったのだ。


「何、云いよるんならあ!」


隣席(右隣)の男子生徒は、声を荒げた。



(続く)




2022年5月31日火曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その245]

 


「(ふぁ~あ…)」


ビエール少年の顔に自らの顔を近付けた隣席(ビエール少年の左隣)の女子生徒は、鼻を上向け、眼を泳がせた。1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室であった。体育館の『思道館』での入学式を終えたばかりである。


「(なんじゃろう?)」


酔ったようになった頭の中で疑問が渦巻いた。女子生徒が嗅いだのは、口を大きく開けたままにしていたビエール少年の口臭であった。


「(ええ、匂いじゃあ。あ!これ、アメリカの匂いなん?)」


それは、アメリカとはある意味、真逆な和風の最たるものであった。ビエール少年が、その日の朝食でも食した納豆の臭いであったが、納豆を食べる習慣のない広島の女子生徒には、嗅いだことのないものであり、ビエール少年の美貌が、腐臭といってもいいものを芳しい匂いのように、女子生徒の嗅覚を狂わせたのであったかもしれない。




「三菱電機の冷蔵庫だけど、大きいといえば大きいけどお…」


ビエール少年は、ビエール少年の口臭に酔ってしまい、自らが質問したことも忘れた隣席(左隣)の女子生徒に律儀に答えた。主旨は不明だが、『アンタんとこの冷蔵庫、大きいいんじゃろ?』と訊かれていたのだ。


「大きい、小さいは、その比較対象とするものにも依るし、要は、何を基準に大小を見るかの問題だと思うけどね」


と、ビエール少年は、忘我の女子生徒に対して、というよりも、自分に対してそう答えた。曖昧な質問に対しての追求を忘れない、前提があやふやなものをそのままとしない父親の薫陶を受けたていたのだ。


「ええー!?三菱電機には、冷蔵庫もあるん?」


ビエール少年の言葉に、もう一方の隣席(右隣)の男子生徒が、身を乗り出すように反応してきた。


「そりゃ、勿論、あるさ」


ビエール少年は、広島っ子たちの不思議な質問の連射に戸惑いながらも、当然の回答を返した。



(続く)




2022年5月30日月曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その244]

 


トンミーくん、東京から来たん?」


『少年』、若き日のビーエル・トンミー氏は、隣席の男子生徒から、いきなりそう声をかけられた。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室であった。体育館の『思道館』での入学式を終えたばかりで、ビエール少年は、その隣席(右隣)の男子生徒の名前も知らなかったが、何故か、隣席の男子生徒は、ビエール少年の名前を知っていた。


「え?違うけど」


と、ビエール少年が、戸惑いながら答えると、


「アメリカから来たんじゃろ?」


今度は、左隣の女子生徒から、そう訊かれた。ビエール少年は、その女子生徒の名前も知らなかった


「は?違うけど」


ビエール少年は、更に戸惑った。


「冷蔵庫、大きいんじゃろ?」


左隣の女子生徒は、更に妙なことを云ってきた。


「は?」


美少年らしくなく、ビエール少年は、口を大きく開けたままにした。




「アンタんとこの冷蔵庫、大きいいんじゃろ?」


左隣の女子生徒は、ビエール少年の顔に自らの顔を近付けた。




(続く)




2022年5月29日日曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その243]

 


「もう、またアナタったらあ!」


と、『少年』の父親は、再び、肩を強く叩かれた。『少年』の母親が、彼女について『今だって、女学生の頃のように、若くてピチピチだぞ』と云った夫に抗議したのだ。広島市の『牛田新町一丁目』のバス停を背にし、家族と共に、自宅へと向っているところであった。


「でも、アナタもまだ若々しいわ。時々、困る程、若いんだもの、アナタったら。ふふ」


と、『少年』の母親も、夫の方に顔を寄せ、夫の体臭を嗅ぐようにした。


その日(1967年に、山口県宇部市から広島市に引っ越して来た日)、八丁堀から牛田まで、随分、時間がかかったような気がする、と『少年』は疑問に思ったのであった。八丁堀から牛田まではバスで10分から15分くらいしかかからないのに、そんな時間ではとてもし切れない程のボリュームの話を父親から聞いたことを訝しく思い、その疑問に対し、『少年』の父親は、『アインシュタイン』の『相対性理論』を持ち出し、時間の進み方が遅かったのかもしれない、と答えた。しかし、『少年』はまだ納得できていないからか、『少年』の父親は、『閏年』があること、更には、『閏年』になるはずの年でも『閏年』にならない年もあることから、『1年』という時間は一定ではないと主張したものの、『少年』は、どこか誤魔化されている感を拭えないでいた。そこで、『少年』の父親は、日付変更線を越えることで、『昨日』にも『明日』にも行ける、と説明したかと思ったら、次に、1時間だけだが、日付変更線を越えなくても、『未来』や『過去』に行ける、とまで云い出した。それに対し、『少年』は、未来や過去を絵に描けばいい、そして、その未来を予見するには、自らが未来を創ればいい、と主張し、その慧眼に『少年』の父親は、驚きと共に喜びを表したが、またまた、アメリカやイタリア等は、強制的に1時間先の未来に連れて行かれたり、1時間昔に戻されたりすることがある、それも一瞬にして、と謎のようなことを云い出し、日本でもかつてそうであったことがあり、『4月か5月の第1土曜日の夜中24時に、1時間先の未来に連れて行かれ、9月の第2土曜日の25時になると、1時間昔に戻される』と法律で決められていたと説明した。しかし、『少年』には、『1時間先の未来に連れて行かれ、1時間昔に戻される』その『間』が何であるのか、理解できず、父親に訊いたところ、『サンマータイム』という返事があり、そこから『秋刀魚』という漢字の由来や、『さんま』は一文字の漢字では、魚偏に『祭』と書くこと等、『さんま』の漢字談義へと派生していっていたが、『少年』は、『サンマータイム』とは何か、という疑問に立ち戻り、『サンマータイム』を定めた法律は、正式には、『夏時刻法』と、『少年』の父親は、説明した。ところが、『少年』と『少年』の父親の会話は、そこから、『サンマー』が、実は『サマー』と発音するものであることから、英語の発音談義への移って行っていたのに、父親は、映画『ローマの休日』、そして、その主演女優『オードリー・ヘップバーン』や『ローマ字』の『ヘボン式』へと、また話を派生させていっていた。それをようやく、『少年』は、『サンマータイム』へと話を戻したが、『少年』の父親は、今度は、『キャサリーン・ヘップバーン』主演の映画『旅情』の原題は、『サマータイム』だと云いながらも、アメリカでは『サマータイム』のことを『デイライト・セイビング・タイム』(Daylight Saving Time)というのだ、と説明し、更には、『旅情』の原題である『サマータイム』は、『サマータイム』のことではなく、『サマー』という名前の人とも関係はないと、『少年』を混乱の渦の中で目眩を起こす程の状態とし、その『サマータイム』は、『夏時刻』の『サマータイム』ではなく、『夏』の『時』、『日々』を過ごす、といった感じのする言葉で、感覚的というか感傷的、感情的な装いを持つもの、という説明をしていた。その説明自体、感傷的なものであったように、後年(2021年になって)、少年ではなくなっていた『少年』は、思い出し、更に、父親の説明には、ある謎、もしくは予見が込められていたようにも感じたのである。だが、その時は(1967年)、父親が想像を超えたことを云い出だすとは、思いもせず、父親が使った大人びた言葉を使って、『濃密』な時間を過ごすと、人間は、時間を長く感じるものなんだね、と問うたところ、父親は、『時間が止る』という、まるで、テレビ・ドラマ『ふしぎな少年』の世界のようなことを云い、続けて、『ビッグバン』という、『少年』が聞いたことのない言葉を持ち出し、それは、宇宙全体で起きた爆発、といえばそうかもしれないが、それも違う、と『少年』をカオスに落とし込んでしまった。そして、それに留まらず、宇宙は『ビッグバン』ででき、『ビッグバン』の前には何もなかった、と父親は、云い出し、『少年』に『少年』が生れる前のことを問い質してきたが、『少年』は、自分の人間としての最初の記憶のある日のことを父親に返した。それは、1957年3月14日、『少年』の妹が、福岡県の春日原(かすがばる)で生れた日であり、そのことから、春日原にあった米軍兵士とその家族の住む住居であった『米軍ハウス』のこと、更には、『ベトナム戦争』、春日原近くにあった米軍の『板付基地』、『朝鮮戦争』。そして、日本の戦争への参加へと話は派生していっていた。しかし、聡明な『少年』の父親は、『少年』の当初の疑問を忘れず、『時間』へと話のテーマを戻してきたものの、『時間』の存在というものを否定し、老化を『時間』に依るものとする『少年』に対し、自分の妻は年を経ても未だ若いと主張したのであった。


「年をとって見えたり、年寄りも若くにえるのは、人によって体の状態が違うからだと思う」


睦言のような両親のやり取りもものかは、『少年』は、父親にそう反論した。


「しかし、一気に白髪頭になって老け込んでしまう人もいるぞ」

「それは、相当ショックなことがあったからじゃないのかなあ」

「しかし、老けたことに変りはないだろう。としたらだ、その人にとっては、『時間』が物凄い速さで進んだことになるんじゃないのか?」





「いや、それって、やっぱり、すごーいショックなことがあったからだよお」

「だとしたら、そう、老化が個人の体力や体調によって異ってくるものだとしたら、老化は、『時間』の存在を証明するものとはならないだろう。少なくとも、『時間』の速度は一定ではないことをむしろ証明しているのではないのか」

「『特殊相対性理論』だから?」


『少年』は、父親の説明から得た知識を既に自分のものとしていた。



(参照:【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その206]



「そうだな。それに、もう説明したように、『閏年』があったり、『閏年』でありそうでない年があったり、日付変更線なんかで地域によって時差があったりで、『時間』って、速度だけではなく、一定なもの、一様なもののようで、実は一定でも一様でもない。ある一人の人間にとっても、自分の生れる前に『時間』はなく、死後にも多分、『時間』はないんだ。『時間』なんて、ただの決め事、もしくは、人間の意識が定めたものに過ぎないかもしれないんだ」

「だから、八丁堀からここまで、他の人には、10分か15分くらいだったはずで、でも、父さんとボクには、もっともっと長い時間だった、ということなの?」

「バス停から、今度の新しいウチまでも、普通だったら、歩いて3-4分なんだぞ」

「あ!...でも、ボク、バスを降りでからももう随分、父さんと話してるよね!でも、まだウチに着かない。ここは今…」


と、ようやく自分が今どこにいるか確認しようと、『少年』が周囲を見回そうとした時であった。


「着いたわよ」


という『少年』の母親の言葉で、『少年』、そう、若き日のビーエル・トンミー氏に、ようやく、長~い一日の終りが、訪れることになるのであった。




(続く)




2022年5月28日土曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その242]

 


「ビエールは、『時間』を見たことはあるのか?」


と、『少年』の父親は、<『時間』って、本当に存在するのか?>という問いに続けて、『少年』の心臓を射抜くような質問をする。広島市の『牛田新町一丁目』のバス停を背にし、家族と共に、自宅へと向っているところであった。


「へっ?!.....それは、時計を見れば」


『少年』は、そう答えるしかない。


その日(1967年に、山口県宇部市から広島市に引っ越して来た日)、八丁堀から牛田まで、随分、時間がかかったような気がする、と『少年』は疑問に思ったのであった。八丁堀から牛田まではバスで10分から15分くらいしかかからないのに、そんな時間ではとてもし切れない程のボリュームの話を父親から聞いたことを訝しく思い、その疑問に対し、『少年』の父親は、『アインシュタイン』の『相対性理論』を持ち出し、時間の進み方が遅かったのかもしれない、と答えた。しかし、『少年』はまだ納得できていないからか、『少年』の父親は、『閏年』があること、更には、『閏年』になるはずの年でも『閏年』にならない年もあることから、『1年』という時間は一定ではないと主張したものの、『少年』は、どこか誤魔化されている感を拭えないでいた。そこで、『少年』の父親は、日付変更線を越えることで、『昨日』にも『明日』にも行ける、と説明したかと思ったら、次に、1時間だけだが、日付変更線を越えなくても、『未来』や『過去』に行ける、とまで云い出した。それに対し、『少年』は、未来や過去を絵に描けばいい、そして、その未来を予見するには、自らが未来を創ればいい、と主張し、その慧眼に『少年』の父親は、驚きと共に喜びを表したが、またまた、アメリカやイタリア等は、強制的に1時間先の未来に連れて行かれたり、1時間昔に戻されたりすることがある、それも一瞬にして、と謎のようなことを云い出し、日本でもかつてそうであったことがあり、『4月か5月の第1土曜日の夜中24時に、1時間先の未来に連れて行かれ、9月の第2土曜日の25時になると、1時間昔に戻される』と法律で決められていたと説明した。しかし、『少年』には、『1時間先の未来に連れて行かれ、1時間昔に戻される』その『間』が何であるのか、理解できず、父親に訊いたところ、『サンマータイム』という返事があり、そこから『秋刀魚』という漢字の由来や、『さんま』は一文字の漢字では、魚偏に『祭』と書くこと等、『さんま』の漢字談義へと派生していっていたが、『少年』は、『サンマータイム』とは何か、という疑問に立ち戻り、『サンマータイム』を定めた法律は、正式には、『夏時刻法』と、『少年』の父親は、説明した。ところが、『少年』と『少年』の父親の会話は、そこから、『サンマー』が、実は『サマー』と発音するものであることから、英語の発音談義への移って行っていたのに、父親は、映画『ローマの休日』、そして、その主演女優『オードリー・ヘップバーン』や『ローマ字』の『ヘボン式』へと、また話を派生させていっていた。それをようやく、『少年』は、『サンマータイム』へと話を戻したが、『少年』の父親は、今度は、『キャサリーン・ヘップバーン』主演の映画『旅情』の原題は、『サマータイム』だと云いながらも、アメリカでは『サマータイム』のことを『デイライト・セイビング・タイム』(Daylight Saving Time)というのだ、と説明し、更には、『旅情』の原題である『サマータイム』は、『サマータイム』のことではなく、『サマー』という名前の人とも関係はないと、『少年』を混乱の渦の中で目眩を起こす程の状態とし、その『サマータイム』は、『夏時刻』の『サマータイム』ではなく、『夏』の『時』、『日々』を過ごす、といった感じのする言葉で、感覚的というか感傷的、感情的な装いを持つもの、という説明をしていた。その説明自体、感傷的なものであったように、後年(2021年になって)、少年ではなくなっていた『少年』は、思い出し、更に、父親の説明には、ある謎、もしくは予見が込められていたようにも感じたのである。だが、その時は(1967年)、父親が想像を超えたことを云い出だすとは、思いもせず、父親が使った大人びた言葉を使って、『濃密』な時間を過ごすと、人間は、時間を長く感じるものなんだね、と問うたところ、父親は、『時間が止る』という、まるで、テレビ・ドラマ『ふしぎな少年』の世界のようなことを云い、続けて、『ビッグバン』という、『少年』が聞いたことのない言葉を持ち出し、それは、宇宙全体で起きた爆発、といえばそうかもしれないが、それも違う、と『少年』をカオスに落とし込んでしまった。そして、それに留まらず、宇宙は『ビッグバン』ででき、『ビッグバン』の前には何もなかった、と父親は、云い出し、『少年』に『少年』が生れる前のことを問い質してきたが、『少年』は、自分の人間としての最初の記憶のある日のことを父親に返した。それは、1957年3月14日、『少年』の妹が、福岡県の春日原(かすがばる)で生れた日であり、そのことから、春日原にあった米軍兵士とその家族の住む住居であった『米軍ハウス』のこと、更には、『ベトナム戦争』、春日原近くにあった米軍の『板付基地』、『朝鮮戦争』。そして、日本の戦争への参加へと話は派生していっていた。しかし、聡明な『少年』の父親は、『少年』の当初の疑問を忘れず、『時間』へと話のテーマを戻してきたものの、『時間』の存在を否定してきたのだ。


「時計は、針が1秒1秒進むところを見ることはできるが、それが、『時間』なのか?」

「そうだと思うけど」

「それは、あくまで時計の針が進んでいるところ見ているだけじゃないのか?ゼンマイが止まって、時計の針が止まったら、『時間』も止まるのか?」

「そんなああ」

「時計を見ないと、『時間』は見れないのか?」

「見れなくっても、『時間』はあるよ」

「見れないのに、どうして、『時間』があることが分るんだ?」

「だってえ……そう、人間って、段々、年寄りになっていくじゃない」

「老化が、『時間』の存在の証拠なのか?」

「『時間』が経つから老けていくんでしょ?」

「では、人間は、1秒1秒、老けていっているんだな?」

「そうだよ」

「でも、今、父さんは、ビエールを見ているが、ビエールは老けていっているようには見えないぞ」

「それは、1秒だったり1分だったりするからだよ。そんなに一気に年をとったりはしないよ」

「1秒後、1分後には、そんなに年をとらないとすると、1秒後のまた1秒後、1分後のまた1分後も、人間はそんなに年をとらないんじゃないのか?それが重なっていったら、いくら経っても人間は年をとらないんじゃないのか?」

「1秒、1分では、目に見えたようには年をとらないだけで、やっぱり、少しずつ年をとっていっているんだと思う」

「では、仮に、『時間』が本当にあるとしたら、どうして、人によって老けのが早かったり遅かったりするんだ?60歳台で、もうかなりお爺さんみたいな人もいるし、70歳を超えても、とてもそうは見えない程、元気で若々しい人もいるじゃないか。母さんなんか、今だって、女学生の頃のように、若くてピチピチだぞ」




と、『少年』の父親は、妻の方に顔を寄せ、妻の体臭を嗅ぐようにした。




(続く)