2022年9月16日金曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その267]

 


「『クッキー』?なんねえ、それえ」


女子生徒たちは、ビエール少年の頭上を縦横に言葉を飛ばしあっていた。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「『クッキー』、食べたことないん?」

「食べるもんなん?」

「ウチ、翠町の従姉妹のとこで『クッキー』食べたことあるんよ。叔母ちゃんが作ってじゃけえ」


ビエール少年は、その時、その女子生徒の従姉妹が、『クッキー』子さんであり、『クッキー』子さんの母親が作った『クッキー』を、3年後には広島皆実高校で同級生となり生涯の友人となる男も食べていることをまだ知るはずもなかった。



(参照:ハブテン少年[その34]



「アンタの叔母さん、外人さんなんね?」

「日本人じゃけど、元々、東京の人じゃけえ、ハイカラなんよ。『クッキー』いうんは、『ビスケット』みたいなんじゃけど、上にゃあねえ、宝石みたいな赤や黄色んが乗っとるんよ」

「ええ、宝石ねえ!?『ビスケット』の上に宝石が乗っとるん!?なんか、宝石、硬そうじゃけど、ウチ、食べてみたいねえ」




「ウチは、『ビスケット』は食べたことあるけど、『クッキー』いうんは食べたことないねえ。トンミーくんは、『クッキー』食べたことあるんじゃろ?」


少女『トシエ』が、ビエール少年に訊いた。話題をビエール少年に戻したかったんのだ。


「食べたことあるよ。でも、『クッキー』って基本的には『ビスケット』と同じで…」


と、ビエール少年は、『クッキー』と『ビスケット』との違いを説明しようとしたが…


「やっぱり、『ホス』なんとかいうんは『クッキー』なんじゃね。トンミーくん、『アーメン』の時に『クッキー』食べたんじゃろ?」

「ウチ、『クッキー』食べさせてもらえるんなら、『アーメン』しょうかいねえ」


女子生徒たちは、まだ口々に誤解を放ち始めた。


「いや、『ホスチア』は『クッキー』じゃなくてパンだし、ボクは、カトリックじゃないから『整体拝受』で『ホスチア』を食べたことはないし、『アーメン』だってしたことなくって、ボクが云ったのは、『アーメン』じゃなく『エメンタル』なんだ。『トムとジェリー』のネズミのジェリーが食べてるのは、『エメンタル・チーズ』なんだ。でも、ネズミは、本当はチーズが好きってことはないみたいで、『エメンタル・チーズ』に穴が空いているのも、ジェリーが食べたからじゃなくって、元々空いてるものなんだ」


ビエール少年は、ここぞ、と女子生徒たちの誤解を解くべく、息も継がず、一気にまくし立てた。



(続く)




2022年9月15日木曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その266]

 


「へええ、外人さんも煎餅食べるん?」


と、女子生徒の一人が、誤解を解こうというビエール少年の努力も虚しく、更に誤解を拡げていった。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「いや、『ホスチア』は、煎餅みたいな感じというだけで…」


途方にくれたビエール少年の声は、尻すぼみになっていった。


「ウチは、煎餅よりクラッカーの方がええ」

「ウチもよ。ウチがこんなに綺麗なんも『あたり前田のクラッカー』よお!」

「ウチ、『時次郎』は馬面じゃけえ、スカン」

「『珍念』は、かわいいよねえ」


『あたり前田のクラッカー』という流行語を生み出した公開テレビ・コメディ『てなもんや三度笠』が、放映され、人気を博していた時代であった。




「いや、『ホスチア』は、煎餅でもないし、クラッカーでもないし」


と、ビエール少年が、口先に言葉を微かに漏らすと、


「あんたら、『バド』の云うこと、ちゃんと聞きんさいや。『ホス』なんとかいうんは、煎餅でもクラッカーでもない云うちゃってじゃないねえ」


またもや、少女『トシエ』が、ビエール少年の代理人的発言をした。


「ほうよねえ、『あたり前田のクラッカー』は、『時次郎』が持っとるんじゃけえ、江戸時代のもんじゃろ。外人さんが食べるはずないねえ」

「じゃったら、『クッキー』なんじゃないん、『ホス』なんとかいうんは



(続く)




2022年9月14日水曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その265]

 


「え?ホッチキス?」


と、女子生徒の一人が、『ホスチア』という言葉を発したビエール少年の想定通りに、聞き違えてきた。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「ホッチキスを口に入れたら、痛いじゃろうに」

「アンタあ、何云いよるん!ホッチキスを口に入れるはずないじゃろう。『バド』は、『ホス』なんとかいうパンじゃあ、云うちゃったんよ」


少女『トシエ』は、自分は如何にもビエール少年側の人間然とした云い方をする。


「ああ、その『ホス』なんとかいうパンと一緒に、チーズを食べるんねえ。それが、ジェリーが食べよるチーズなんじゃね?」

「いや、『ホスチア』と一緒にチーズは食べないよ。『聖体拝受』の儀式の後に食事会に行ったりしたら、そこではチーズが出るのかもしれないけど。あ、『ホスチア』っていうのは、カトリックの場合だからね」

「え?『ホス』なんとかいうパンは、加藤さんが作っとるん?」

「は?いや…」

「加藤のパンいうん、聞いたことないねえ。ウチ、『ナガイのパン』が好きじゃ」


広島には、『ナガイのパン』がある(現在の『株式会社ナガイパン』のパンである)。『ナガイのパン』の永井社長は、ビエール少年が広島に引越してくる前、広島市立皆実小学校のPTA会長もしていた。


「ウチは、『タカキ』のパンがええ思うんよ」


『タカキ』は、『タカキベーカリー』のことであった。『タカキベーカリー』は、今、全国展開する『アンデルセン』の会社である(現在は、グループ名を『アンデルセングループ』としている)。


その年(1967年である)の10月、『タカキベーカリー』は、被爆建物である三井銀行広島支店のビルを買い取り、『アンデルセン』を開店することになるであった。更に、1972年には、フランチャイズ店舗の『リトルマーメイド』の展開を始めるのである。




「いや、『ホスチア』は、加藤のパンじゃないし、『ナガイ』のパンでも、『タカキ』のパンでもないんだ。それに、パンといっても煎餅みたいな感じだし…」


ビエール少年は、無理と思いつつも、女子生徒たちの誤解を解こうとしたのであったが……



(続く)




2022年9月13日火曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その264]

 


「アメリカの人はみんな、キリスト教なんじゃろう?」


と、女子生徒の一人が、ビエール少年にそう訊いた。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


女子生徒たちビエール少年のことを、アメリカ(合衆国)から来た、もしくは、そこから帰日したように勘違いしている女子生徒たちの中の一人が、アメリカ人に関して誤解に基づく言葉を発したのであったが、今のように情報化社会となっていなかった当時(1967年である)では、致し方ない誤解であったかもしれない。日本人は大抵が、仏教、外国人(と言っても、外国人は、即ち、欧米人、と言う時代でアタ)は、キリスト教と思う時代であった。


「ウチの隣のお姉ちゃんは、『清心』に通っとってんよ。『清心』でアーメンしとってんじゃあ、思うんよ」


『清心』は、広島にあるカトリク系のミッションスクール『ノートルダム清心中・高等学校』であった。


「ウチの従姉妹は、『女学院』じゃけえ」


と別の女子生徒が張り合ってきた。『女学院』は、広島にあるプロテスタントのミッションスクール『広島女学院中学校・高等学校』であった。


「ああ、アーメンする時に、なんか口に入れてもろうとるんテレビで見たことあるんじゃけど、あれ、チーズじゃったんじゃね」


女子生徒たちは、ビエール少年から英語を習うことも忘れ、口々に勝手なことを云い出していた。




「いや、アーメンの時というよりも、『聖体拝受』のことだと思うけど、あれはチーズではなく、『ホスチア』(hositie)っていって、パンなんだ」


ビエール少年は、また女子生徒たちが、聞き間違えるんだろう、とは思いながら、間違いを正した。



(続く)




2022年9月12日月曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その263]

 


「え?ラーメンなん?」


と、『エメンタル』を『えべっさん』と聞き違えた女子生徒が、また聞き違えた。ビエール少年が、さっきよりは少しだけ強い声で、『エメンタル』と云った為、『メン』だけを聞き取った結果であったのだろう。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「ラーメンにチーズ入れるん?」

「え、アメリカにもラーメンあるん?」

「『来頼店』みたいに美味しいラーメンは、アメリカにゃないじゃろう」

「なんねえ、『ライライテイ』いうん?」

「アンタあ、『来頼店』知らんのん?翠町にあるんよ。親戚が『広陵』の近くに住んどるけえ、ウチ、時々、『来頼店』に行くんよ。あそこのラーメン、いうか中華そばは、美味しいんよ。ウチ、大好きじゃけえ」


広島の有名ラーメン店『来頼店』は、昔も今も『県病院』電停前にあり、当時は(1967年である)、『広陵高校』が近くにあったのである。


「『来頼店』の中華そばには、細い卵は入っとるけど、チーズは入っとらんよ」


『来頼店』の中華そばには、錦糸卵が入っている。


「アンタら、何、ラーメンのこと話しとるん!『バド』は、『アーメン』、云うちゃんたよね」


少女『トシエ』が、他の女子生徒たちの誤解を指摘したが、自身もまた誤解していた。


「アーメンいうたら、キリストさんじゃろ?トンミーくん、キリスト教なん?」



(続く)





2022年9月11日日曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その262]

 


「え?『えべっさん』?」


と、女子生徒の一人が、か細く何かを云ったビエール少年に反応した。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「は?」


ビエール少年は、自分に向って言葉を発した女子生徒が何を云ったのか聞き取れなかった。


「『えべっさん』は、ウチ、楽しみにしとるけど、チーズいうんを屋台でで売っとるん見たことないけえ。それに、ありゃ、11月じゃけえ」


ビエール少年は、トムとジェリー』のジェリーが食べるチーズは、『エメンタル』だ、と云ったのであったが、か細い声であったからか、聞いたことのない言葉であったからか、女子生徒は、『エメンタル』の『エ』だけを聞き取り、広島の『胡子(えびす)神社』で11月に開催されるお祭り『胡子講』のことと捉えたのであった。


「え?『あべ…さん』?」

「んや、『アベベ」じゃのうて、『えべっさん』よおね。トンミーくん、『えべっさん』知らんのん?熊手買うたことないん?」


『胡子(えびす)神社』に祀られる『えびす神』は、商売繁盛の神なので、『えべっさん』では熊手が売られる。『広島熊手』という独自の熊手である。先端に七福神になぞらえて七宝がついている。




「『バド』は広島に来たばっかりじゃけえ、『えべっさん』は知らんよおね」


少女『トシエ』が、ビエール少年を庇った。


「ボクが云ったのは、『エメンタル』だよ」


ビエール少年は、さっきよりは少しだけ強い声で、そう云った。



(続く)




2022年9月10日土曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その261]

 


「ネズミは、チーズは好きなんじゃねえ」


と、女子生徒の一人が、チーズの穴から首を出す『トムとジェリー』のジェリーの姿を思い出しながら、そう云った。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「いや…」


ビエール少年が、再度、恐る恐る、そして、弱々しく、声を発した。


「ウチ、ネズミは嫌いじゃけど、ジェリーは可愛いけえ、好きじゃ。トムは、ジェリーを追いかけ回して、憎たらしいけえ」

「じゃけど、トムはいつでもジェリーに負けるじゃないねえ」

「いや…」


ビエール少年が、またまた、恐る恐る、そして、弱々しく、声を発した。


「ちょっとお!アンタら、静かにしんちゃいや。『バド』がなんか云うとってじゃないねえ!」


と、少女『トシエ』が、他の女子生徒たちを制した。


「どしたん、『バド』?」


ビエール少年が、当時、人気のあったアメリカのテレビ映画『パパは何でも知っている』の長男『バド』のように見えていた少女『トシエ』は、ビエール少年が『バド』ではないと分りつつも、少年本人に対し、そして、周り他の女子生徒たちがいるにも憚らず、『バド』と呼ぶ。


「え?『バド』?」

「なんか云いよってじゃったじゃろ?」

「ああ、あのお、ジェリーが食べているチーズは、『エメンタル』なんだ」


自分を囲む女子生徒たちに気圧されて、ビエール少年の声は、か細かった。




(続く)