2020年5月31日日曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その23]






「いい景色を見せてやる」

と云うと、ビエール・トンミー氏は、『エスカー』の第2区間の乗り場を通り過ぎ、その先に向った。

「いい景色を見て仕事を忘れろ」

と、ビエール・トンミー氏が、エヴァンジェリスト氏を連れて行ったのは、展望ウッドデッキだった。

「おおー」

展望ウッドデッキから開けた視界に、エヴァンジェリスト氏は、思わず感嘆した。

「なんだか、心が解放されるような気がするなあ」

手前の樹々の向こうに見えるのは、空と海だ。




「お!?なんだ。あれは?」

エヴァンジェリスト氏が、下の方を指差した。

「んむ?」

ビエール・トンミー氏は、友人が指す方に目を遣った。

「ヨットか?」
「ああ、ヨットハーバーだな」
「うーむ、ボクはまだ小型船舶の免許を取っていないんだ」
「はあ?」

ビエール・トンミー氏は、友人が時々、訳の分からぬことを言い出すのには慣れてはいたが、だからといって、その『訳』が判るものではなかった。

「だから、まだ電話がかかって来ないのかなあ?」


(続く)



2020年5月30日土曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その22]






「おいおい、『病人』の質問は無視か?」

エヴァンジェリスト氏は、江ノ島の『邊津宮』を背に進む友人に、不満の言葉を投げた。京都にも江ノ島にもある『八坂神社』について質問したのに、友人は振返りもせず、沈黙していたのだ。

「ああ、『八坂神社』ねえ」

ビエール・トンミー氏は、前方を向いたまま、取り敢えず、反応だけは返した。

「(『みさを』…)」

両手でぶら下がるようにされた時の腕の感覚が蘇っていた。

「京都の八坂神社には何回か行ったことがあるんだ。出張した時に、男の同僚とだけどな」

エヴァンジェリスト氏は、『八坂神社』に拘った。

二十数年、47都道府県を出張しまくったが、当然ではあるが、常に仕事で、出張先で観光することは、殆どなかった。しかし、観光という程のものではなかったが、京都の八坂神社には出張先訪問のついでに幾度か行ったことがあり、馴染みのようなものを感じていたのだ。

京都の出張訪問先の会社は、四条通りにあり、『八坂神社』はそう遠くはなかった。四条通りを河原町方面に行き、河原町を越え、更に、四条大橋を越えていくと、祇園があり、その突き当たりが、『八坂神社』であった。

「ああ、そうだ。京都のお客様向けの見積を準備していたんだった。まだ修正中だったんだけど…」

エヴァンジェリスト氏は、前週までしていた仕事を思い出した。

「おい!止めろ!」

ビエール・トンミー氏が、振返り、怒鳴った。

「それだからダメなんだ!仕事のことは忘れろ。『病人』、行くぞ」

と、ビエール・トンミー氏は、再び、『邊津宮』を背にして歩き出した。後を追ったエヴァンジェリスト氏が、友人の先に見えた小さな建物を見て云った。

「なんだ、それは?公衆便所か?」
「ばっかもん!このお罰当たりめがあ!あれは、『エスカー』の第2区間の乗り場だ」




しかし…………


(続く)



2020年5月29日金曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その21]






「どうした?やはり穢れきった心が痛んだのか?『芽の輪』をくぐって清められたか?」

江島神社『邊津宮』にある『芽の輪』をくぐった後、しばらく沈黙して佇む友人に、エヴァンジェリスト氏が揶揄うように訊いた。

「いや、清らかなボクの心がより清らかになり、清々しい気分となったのだ。さあ、行くぞ!」

と、ビエール・トンミー氏は、『邊津宮』を背にして歩き出した。

「お守りかおみくじでも買うか?」

札所前を通りながら、ビエール・トンミー氏が、エヴァンジェリスト氏に訊いた。

「いや、いらない」

エヴァンジェリスト氏は即答した。金のかかることは、兎に角、嫌だったのだ。

「(『みさを』も、いらない、と云った。『ビーちゃんと、もう結ばれてるもん!』と…)」

『みさを』の言葉を思い出し、ビエール・トンミー氏の股間にまた『異変」が生じ、歩が乱れたものの、幸いにもエヴァンジェリスト氏には、それに気付かれなかったが、もっと面倒な質問を受けることになってしまった。

「なんだ、これは?『八坂神社』って」

『邊津宮』を出てほどないところにある小さな社について、エヴァンジェリスト氏が尋ねてきたのだ。

「この『八坂神社』って、京都の八坂神社とはどういう関係なんだ?」




無邪気な質問であった。

「(チクショー!)」

ビエール・トンミー氏は、舌打ちした。『みさを』も、同じ質問をしてきたのだ。

「京都の八坂神社はね。元々は、『祇園社』と云っていたんだ。神仏習合で、ただの神社ではなかったんだ。興福寺とか延暦寺に支配されてたらしい。そもそも『祇園社』と称したのは、『祇園精舎』からきているんだよ。『祇園精舎』って、インドの北部にあったお寺でね、釈迦が説法をした場所なんだよ。だけど、明治になった神仏混淆禁止で名前を『八坂神社』に変えたのさ。でも、その京都の八坂神社とここの八坂神社とは特に関係はないと思うよ」

『みさを』には、そう説明した。

「ビーちゃんって、ホント凄いね。こういうのハクシキって云うの?アタシ、バカだから、ビーちゃんのような人に弱いんだよおー」

と云って、『みさを』は、両手でビエール・トンミー氏の右腕を取り、ぶら下がるようにした。

「おいおい」

と云いながらも、股間は、

「んぐっ!」

していた。


(続く)



2020年5月28日木曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その20]






「これ、くぐるか?」

ビエール・トンミー氏は、江島神社『邊津宮』にある緑の大きな輪を指して、友人を誘った。




「なんだ、これ?」

エヴァンジェリスト氏は、その緑の大きな輪を覗き込むようにして訊いた。

「『芽の輪』だ。他の神社でもあるだろう?」
「うーむ、そういえば、見たことがあるような気がしなくもない」
「『芽の輪』をくぐるといいんだぞ」
「何がいいんだ?」
「心の穢れが清められ、厄除けになるんだ」
「おお!穢れが清められるのか!それは、君にぴったりだな。西洋美術史の研究は、純粋に学問的好奇心からだ、なんぞという大ウソを平気で云ってるんだからな」

エヴァンジェリスト氏は、友人がオープンカレッジで西洋美術史を受講するのは、美人講師目当てであることを知っていたのだ。

「何をほざく!君こそ、会社への不満が、心の中でどす黒く渦巻いているんだから、『芽の輪』くぐりをして清めるがいいだろう!」

と、互いを罵り合いながら、先ずは、エヴァンジェリスト氏が『芽の輪』をくぐり、ビエール・トンミー氏が続いたが…

「うっ!」

『芽の輪』をまたいだ時、ビエール・トンミー氏は、思わず、軽く呻いてしまった。

「んん?どうした?穢れきった心が痛んだのか?」

と、嬉しそうにエヴァンジェリスト氏が訊いた。

「いや、ちょっと脚を開き過ぎて痛かっただけだ」

と、誤魔化したビエール・トンミー氏は、『みさを』のことを思い出していたのだ。

「(『みさを』とも、ここで『芽の輪』くぐりをしたのだ。その時、ボクはまだ彼女の本当の姿を知らなかった。『みさを』は、この『芽の輪』をくぐる時、心が痛んだのだろうか?...いや!違う!『みさを』が、実は『みさを』ではなかったとしても、彼女の心は清かったのだ…)」


(続く)


2020年5月27日水曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その19]






「ここは弁財天だ」

ビエール・トンミー氏が、友人に説明する。『エスカー』の第1区間の終点に着くと、そこには江島神社『邊津宮』があった。

「弁財天、知っってるか?」

ビエール・トンミー氏は、興味なさげに『邊津宮』を見上げるエヴァンジェリスト氏に尋ねた。

「知らなくはない。金の神様か?」
「まあ、金運もあるが、芸事でも学業でも出世でもなんでもご利益があるんだ。縁結びのご利益もあるんだ」

と、その最後の言葉を放ちながら、そこでも『みさを』と写真を撮ったことを思い出した。



「アタシたちに『縁結び』は不要ね。もう、『結ばれてる』ものね、フフっ」

と、腕を抱くようにしてきた『みさを』が云った時、自らの股間が猛烈な『反応』を示したことも思い出した。

「(確かに、ボクたちは、もう『結ばれていた』…)」

腕に当たる『みさを』の胸の感触が蘇る。

「弁財天にお願いすると、給料が上がるのか?」

友人の感傷に気付くこともなく、エヴァンジェリスト氏は、自らの悲惨を訴える。

「再雇用後の最初の給料の手取りは、8万円だったんだ」

幾度も聞いた話なので、ビエール・トンミー氏は、取り合わない。

「マルチに引っ掛かることすらできなかったんだ」




そのことも幾度も友人から直接聞いていたので、ビエール・トンミー氏は、取り合うことはせず、云った。

「あれ、やるか?」


(続く)


2020年5月26日火曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その18]






「そのフランス文学修士も今は、しがない再雇用者だ。そして…」

高学歴でフランス語が堪能であると褒める友人の言葉に、エヴァンジェリスト氏は、却って自身の不甲斐なさを思い知らされたのだ。

「…『病人』だ、ボクは」

と、呟いた時、『エスカー』は、1区の1連目の終点に着き、エヴァンジェリスト氏とビエール・トンミー氏は、2連目に乗り換えた。

「おい、『病人』。どうだ、『エスカー』は?」

ビエール・トンミー氏が、自慢げに訊いてきた。

「ああ、エスカレーターというよりも、なんだかトンネルみたいだな」
「まあ、閉ざされた筒の中を上っている感じだからな」
「エスカレーターというと、ボクは、新御茶ノ水のエスカレーターを思い出す」
「ああ、あそこのエレベーターは長いものなあ。千代田線は、ボクたちが、東京に来た頃は、一番新しい地下鉄だったんだよなあ」

若い頃の記憶が乏しいエヴァンジェリスト氏であったが、ビエール・トンミー氏と一緒に大学受験の為、上京し、2人で新御茶ノ水駅の上り下り各々2基ある長ーいエスカレターを見た時の驚きは覚えていた。

「なんだかSFの世界のように見えた」

上京したが、受験に失敗し、浪人することにはなったものの、その頃はまだ、エヴァンジェリスト氏は、自らの将来を信じていた。『何者か』になることを根拠なく信じていた。

「(だが…ボクは今、40円のコーヒー代も惜しく思う貧乏人だ。しかも、『病気』になってしまった….)」

『エスカー』が上る横の壁面に力のない視線を送るエヴァンジェリスト氏を振り返って見たビエール・トンミー氏は、一瞬だけ真顔になったが、口角を上げて云った。

「お、いいぞ、『病人』!その感じだ。『病人』らしいイイ表情だ」

友人のその言葉に、エヴァンジェリスト氏は、元気を取り戻し、思い切り項垂れてみせた。

「ああ、ボクは『病人』だ」




(続く)


2020年5月25日月曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その17]






「どうだ、いいだろう!」

エスカーに乗ると、ビエール・トンミー氏は振り向き、自慢げな顔をエヴァンジェリスト氏に見せた。



「下りはないのか?」

エヴァンジェリスト氏は、素朴な疑問を呈した。

「ない。だから、『エスカレーター』という言葉の前半をとって『エスカー』だ」

と解説した瞬間、友人の顔が『みさを』に見えた。『みさを』にも、この『エスカー』に乗り、同じ説明をしたのだ。

「違う!」

思わず叫んでいた。

「え?違うの?上りしかないから、『エスカレーター』という言葉の前半をとって『エスカー』じゃないのか?」
「むっ…いや、エスカレーターは、フランス語で何だったかな?エスカレーターではないよな?違うよな?」

額を少し汗ばませながら、ビエール.トンミー氏は、フランス文学修士の友人に訊いた。

「ああ、それで、違う、なのか。『escalier roulant』だ。まあ、『roulant』、つまり、転がると云うか、回ると云うか、その『escalier』、つまり階段ということだな」
「おお、さすが、天下のOK牧場大学大学院修士課程修了だけのことはあるなあ」

という友人の褒め言葉に、エヴァンジェリスト氏は、『エスカー』に乗ったまま項垂れた。


(続く)


2020年5月24日日曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その16]






「『シーキャンドル』の入場もできるセットの券があるから、それを買うぞ」

江島神社の朱の鳥居をくぐり、左手に行き、少し階段を上ったところにある『エスカー』乗り場まで行くと、エヴァンジェリスト氏は、友人にそう告げられた。

「は?『シーキャンドル』?海のロウソク?何だ、それは?」




エヴァンジェリスト氏は、友人の言葉は聞き取れたが、その意味が分らず、首を捻った。

「展望灯台だ。セット券だと、『シーキャンドル』だけじゃなく、植物園にも入れるんだぞ」

ビエール・トンミー氏は、やや面倒くさそうにそう云うと、2人分の『シーキャンドルセット』券を購入すると、エヴァンジェリスト氏に1枚渡した。

「800円だ」

という友人の言葉に、『シーキャンドルセット』券を受け取るエヴァンジェリスト氏の手の動きが止まった。

「え?800円?」
「ああ、800円だ。別々に買うより260円お得だ」

エヴァンジェリスト氏は、友人に800円を渡したが、また、頭の中で計算をしていた。

「(20日分だ…)」

会社の車内に設置してある自動販売機のコーヒーは、一杯40円だから、800円は、その20杯分になる。、1日1杯として、週5日勤務だから、およそ1ヶ月分だ。

「(1ヶ月分のコーヒー代をたかがエスカレーターに乗る為に使うのか…)」


(続く)




2020年5月23日土曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その15]






「ふん!あの門は、くぐらないぞ」

ビエール・トンミー氏がどうして怒り口調であるのか、エヴァンジェリスト氏は分らなかった。

「え?江島神社には行かないのか?」

江島神社の桜門である瑞心門について、竜宮城を模して造ったと云われている、という友人の説明にケチをつけたことで怒らせたか、と気になった。

「ふん!これだから、素人は困るっ」

ビエール・トンミー氏は、友人の方に顔を向けることもなく、吐き捨てるように云った。

「江ノ島と云えば、『エスカー』だろ。知らんのか、『エスカー』を?!」

自らの無知を誤魔化すように、エヴァンジェリスト氏は、こう返した。

「んん?なんだ?『エスパー』か?」
「江ノ島に『エスパー』がいると思うか?」
「いないのか?」
「質問に質問で返すな!『エスカー』だ。エスカレーターだ」
「はあ?エスカレーター?エスカレーターが、江ノ島では有名なのか?エスカレーターなんて、駅にもデパートにもあるぞ」
「ただのエスカレーターではないんだ。有料なんだぞ」
「有料?有料のエスカレーター?」
「ああ、有料のエスカレーターだ」
「エスカレーターに乗るのに金を払うのか?だから、『ただ』のエスカレーターではないのか?」

エヴァンジェリスト氏は、「有料」とか、「〇〇円」とか、とにかくお金がかかることに敏感だ。60歳で再雇用となって、悲惨な給料になっていた。生活苦なのだ。

「有料だ。でもな、階段で登ると、きつくて大変なんだぞ。『エスカー』は、3区間に分かれてるが、頂上までなら360円だ」
「うっ……360円か」

一瞬立ち止り、エヴァンジェリスト氏は、頭の中で計算をした。

「(9杯分だ)」

会社の車内に設置してある自動販売機のコーヒーは、一杯40円だった。360円は、その9杯分にもなるのだ。週5日勤務だから、およそ2週間分だ。




(続く)



2020年5月22日金曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その14]






「あの門はねえ、瑞心門って云うんだけど、竜宮城を模して造ったと云われているんだ」

友人の存在を忘れてはいなかったようで、ビエール・トンミー氏は、エヴァンジェリスト氏にそう教えた。江島神社に登る階段の途中に赤い鳥居(朱の鳥居)があり、その先に門があった。

「なーにあの門!竜宮城みたいねえ!」




2人でそこに来た時の『みさを』の言葉を思い出す。

「(今、エヴァの奴に話したのと同じ説明をあの時、『みさを』にも説明した)」

デートにあたって、江ノ島のことは予め研究していたのだ。勉強は、子どもの頃から得意だった。

「アタシが乙姫で、ビーちゃんが浦島太郎ね。ふふ」




『みさを』は、笑った。『みさを』は、ビエール.トンミー氏のことを『ビーちゃん』と呼んでいた。

「あゝ、浦島太郎は、乙姫に首ったけさ!」

ビエール.トンミー氏も、『みさを』に笑顔を返した。

「(あの時、ボクは知らなかった。『みさを』が本当に乙姫であったことを)」

ビエール.トンミー氏のその感傷をエヴァンジェリスト氏の言葉が、打ち砕いた。

「でもおかしくないか?竜宮城ってお伽話の世界のものだろ。実在しないものを模すって変だよなあ」


(続く)



2020年5月21日木曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その13]






「江ノ島はモン・サン・ミシェルみたい、というか、モン・サン・ミシェルが俗な観光地ということだな」

江ノ島に渡り、江島神社の参道(仲見世通り)を登りながら、『病人』らしからぬ冷静さで、エヴァンジェリスト氏が、呟いた。

「(『みさを』は、『たこせんべい』を食べたい、と云った)」

左右の店を見ながら歩くビエール・トンミー氏は、自らの世界に入っていた。

「モン・サン・ミシェルの参道を登って行った時、思ったんだ。こりゃ、日本の有名なお寺の参道と同じだなあ、って」

エヴァンジェリスト氏がモン・サン・ミシェルに行ったのは、フランスに団体で出張した際であった。モン・サン・ミシェルに行くことは勿論、仕事ではなかったが、パリからレンヌに廻った時、モン・サン・ミシェル観光がツアーに組込まれていた。

「左右に土産物屋やら飲食店が並び、お上りさんのような観光客が犇いていたものなあ」

エヴァンジェリスト氏の言葉が耳に入っていないのか、ビエール・トンミー氏は、江島神社への階段を登り始めていた。




「(『みさを』とも、この階段を登った。女夫(めおと)饅頭を食べながら)」

そして、ビエール・トンミー氏の股間は、『めおと』という言葉に、自らが『反応』してしまったことを、今また思い出していた。


(続く)




2020年5月20日水曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その12]






「モン・サン・ミシェルみたい、かなあ?」

友人と一緒に江ノ島大橋を渡りながら、エヴァンジェリスト氏が、呟いた。江ノ島は、『日本のモン・サン・ミシェル』と云う人がいることを知っていた。




「ああ?...ああ、まあね」

友人のビエール・トンミー氏は、気のない返事をしたように見えただろう。しかし…

「(妻よ、すまない…)」

ビエール・トンミー氏は、心の中で妻に謝っていたのだ。

「(あの時、ボクは、『みさを』のことを思い出していた)

妻とは、新婚旅行でフランスに行った。パリ滞在が中心の旅行であったが、有名なモン・サン・ミシェルにも足を伸ばした。




「少し江ノ島に似てるわね」

妻が、モン・サン・ミシェルについてそう云った時、ビエール・トンミー氏は、『みさを』のことを思い出したのだ。

「(あゝ、『みさを』…)」

江ノ島には、勿論、妻とも行ったことがあったが、江ノ島というと何故か、『みさを』のことを思い出すのだ。いや、何故か、ではない。江ノ島に一緒に行った幾人もの女同様、『みさを』との江ノ島行は、楽しいものだった。『みさを』は、他の女たちより快活であったので、楽しくないはずはない。だが、

「(ボクは見た。ボクが視線を彼女から外すと、ふと表情を曇らせることがあった)」

快活さの裏にある『みさを』のその影が、彼女の快活さをより際立たせていたのだろう。そのことで、江ノ島と聞くと、『みさを』を連想させるのだ。ある出来事と共に…..


(続く)