2021年3月28日日曜日

【ビエール先生の『クラス』講座】Eクラスな男・NGクラスな男[その41]

 


<注意>

ビエール・トンミー先生のiMessageによるベンツの『クラス講座』は、ベンツの幾つかの『クラス』に対して、またそのオーナーに対して、辛辣過ぎる評価があるかもしれないが、決して、それらのベンツ、のオーナーを侮辱、差別をするものではない。


西洋美術史としてのビエール・トンミー先生の審美眼と、ハンカチ大学商学部卒の、しかも、SNCFの大家としてのビエール・トンミー先生のビジネス・センスとから、あくまで個人としての評価を述べるものである。


長年のベンツ・オーナーであるビエール・トンミー先生は、総ての『クラス』のベンツとそのオーナーを愛している。ベンツは、『評価』をするに値するクルマなのだ。『評価』をするに値しないモノについては、ビエール・トンミー先生は、言葉一つ吐くことはない。



[課長レベルのCクラス(続き3)]



「ええか、もういっぺん云うたるさかい、耳の穴かっぽじーてよう聞いときや」


ビエール・トンミー先生は、生徒エヴァンジェリスト氏のせいでいつの間にかオシッコ談義となっていたベンツの『クラス講座』を本来の講義内容に戻すiMessageを送った。


「ワテが云うたんはやな、あの特殊車両の乗務員は、『Eクラス』と『小ベンツ』との違いも分からんかったかもしれん、ちゅうことや」

「ああ、『小ベンツ』って『Cクラス』のことですか?」

「んん、まあそやな。正確には、『Cクラス』の前身のクルマが『小ベンツ』と云われとったんや」

「え?では、『Cクラス』が『小ベンツ』ではないんですか?」

「ま、急くなて。ええか、昔は単純やったんや。今の『Sクラス』にあたるクルマとスポーツタイプ(今で云う『SL』や)しか無かったんや。その後、『Sクラス』相当のクルマより『小さい』クラスとしてクルマの前の部分を短縮した『ミディアムクラス』(今の『Eクラス』の先祖や〕がデケタんや。前にワテが、メルセデス・ベンツの王道、基本中の基本は『Sクラス』の『Eクラス』なんやで、と云うたんは、こういう理由や」

「<『Sクラス』の『Eクラス』(ミディアム・クラス)>でしたね」

「おお、よう覚えとるやないけ。その『Sクラス』と『Eクラス』(の先祖〕の時代が戦後、続いて来てやな、『Eクラス』の下のクラスのベンツである『190E』(現在の『Cクラス』の先祖や)が出たのがやっと1985年頃や。これが、『小ベンツ』と云われたんねん。これを見ても『Sクラス』と『Eクラス』が、ベンツの王道、基本中の基本ちゅうことが分るやろ」

「1985年ですか、愚息が生れた年です」

「ああ、救急車に乗りたがる息子やな。1985年ちゅうんは、ワテが原宿勤務になった頃や」



(参照:[この兄にして]救急車と馬鹿息子(前編)

(参照:[この兄にして]救急車と馬鹿息子(後編)



「おお!先生は、そこから『原宿の凶器』と女性たちから怖れられながらも舌なめづりされ始めたのですね!」





「あんさん、相変らずオゲレツやな。云うてることは、間違うてはおらんが」

「つまり、先生が『原宿の凶器』となった1985年に『小ベンツ』と云われた『190E』が出たんですね。でも、『190E』って、『Cクラス』の先祖ではあっても『Cクラス』ではないんですね?」



(続く)




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