2018年8月31日金曜日

夜のセイフク[その52]





「ええっ?.....何を?」

不意をつかれたビエール・トンミー君のは、自身の頭の上から降ってくる声の方を見上げ、訊いた。

「発表会さ」

エヴァンジェリスト君は、いつものように標準語で話し掛けてきていた。

1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。昼休みであった。

「発表会?」
「この前のホームルームで石橋先生が仰ったじゃないか」
「ああ…..」

ビエール・トンミー君は、1年7ホームの担任の『石橋基二』先生が、ホームルームの時間で、任意で作ったグループでなんらかの発表をしてもらう会を開く、と宣言されたことを思い出した。

「『東大に入る会』では、ドラマをするからね」
「ドラマ?」
「ああ、ドラマさ。放送劇だ」
「ほ、放送劇….」
「テープに録るのさ」
「ああ…」
「でね….ふふ….主演は君さ。ふふ」


「えっ、えっ、ええー!」


(続く)


2018年8月30日木曜日

夜のセイフク[その51]






「(くだらん!実にくだらん!もう読まんぞ、こんなくだらん話!)」

冊子『東大』の号が進み、そこに掲載された『ミージュ・クージ vs ヒーバー』の章が進むに連れ、ビエール・トンミー君の失望も大きくなった。

一向に『ヒーバー』の正体は明らかにされず、街(広島市)を襲ってくる、と云う出所不明の噂が、ただただ続けられていた。

「(やはり、ミージュ君には、無理だったのだ)」

『ヒーバー』退治に乗り出すはずであった『ミージュ・クージ 』も、『退治してやる』と云うだけで、具体的な行動は一切行わない。

「(ボクだったら、今頃、『ヒーバー』を退治している頃だ)」

小説の作中人物は(『ミージュ・クージ vs ヒーバー』を小説としていいかどうかは不明であるが)、作家の意思に必ずしも従わず、自ら生きるものだ。

そのことをビエール・トンミー君知っていたかどうかは分からないが、自分を主人公にしなかったばかりに、『ミージュ・クージ vs ヒーバー』は迷走するようになってしまった、とビエール・トンミー君は解釈したのだ。

しかし、ふと冷静になったビエール・トンミー君は、思った。

「(だが、ボクは何故、こんな内容の全くない、ただくだらないとしか言いようがない、世の役に全く立たない物を読み続けているのだろう?)」

何十年か後に、あるBlogのことで同じような思いを抱くことになるとは、その時、ビエール・トンミー君は、まだ知らなかった。

後年、『曲がったことが嫌いな男』とか『夜のセイフク』等という、ただただダラダラと進展なく、内容もなく続くBlogを読まされるようになるのだ。





「(そもそも『月にうさぎがいた』からしてくだらなかったのだ)」

冊子『何会』の創刊号の巻頭読み物のことを思い出した。

「(ボクは、エヴァ君のことをやはり買い被っていたのだ)」

と、後悔の念が生じた時のことであった。

「君に頼むからね!」

いつもの屈託ない声が、ビエール・トンミー君の頭の上から降ってきた。

1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。昼休みであった。


(続く)


2018年8月29日水曜日

夜のセイフク[その50]





「最新号だよ」

とエヴァンジェリスト君が、美少年ビエール・トンミー君の机の上に、ちぎったノートのページをホッチキス止めした冊子のようなものをおいた。

冊子『東大』の第2号であった。

「家に持って帰っていいよ。ゆっくり読めばいいさ」

ネイティヴな広島人であるのに広島弁を使わぬもう一人の美少年は、そう云うと、ビエール・トンミー君の席から離れて行った。

1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。昼休みであった。

「(家まで待てない…….『ヒーバー』って、どんな怪獣なんだ?.....いよいよ街(広島市)を襲ってくるのか?)」

気持ち以上に急いた手が、冊子『東大』の第2号の表紙をめくり、同じく気持ち以上に急いた眼が、『ミージュ・クージ vs ヒーバー』の第2章を追った。



「(ンフッ!...なんなんだ、これは!)」

自ら気付かぬ内に抱いて期待が大きかっただけに、失望も大きかった。

『ヒーバー』の正体は明らかにされない。そして、街(広島市)を襲ってくる、と云う出所不明の噂がただ続けられるだけであった。

「(くだらん!実にくだらん!)」


(続く)




2018年8月28日火曜日

夜のセイフク[その49]



夜のセイフク[その48]の続き)


「(くだらんだけならまだしも、ケシカランぞ、これは!)」

ビエール・トンミー君は、鼻の両穴を大きく開き、そこから強く息を吐き出した。

「(何故、ミージュ君なんだ!)」

許せなかった。エヴァンジェリスト君の一番の友だちは自分であるとの自負があった。

「(怪獣退治には、知力が必要なはずだ!)」

許せなかった。知力なら、自分に勝る者はいないとの自負があった。

ビエール・トンミー君は、教室の入り口近くの席で、机に肩肘をついて鼻くそをほじくるミージュ・クージ君を見遣った。



1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。昼休みであった。

「(『ビエール・トンミー vs ヒーバー』であるべきだろうに!)」

ビエール・トンミー君は、ビエール・トンミー君ともあろう男が、自身気付かぬうちに、『ミージュ・クージ vs ヒーバー』が掲載された冊子『東大』の虜になっていた


(続く)




2018年8月27日月曜日

夜のセイフク[その48]






「い、い、いや、なんでもない….」

隣席の女子生徒の質問に、ビエール・トンミー君は、また、動揺を隠せぬまま答えた。

「ミージュ君、て云うた?」
「いや…..」
「ミージュ君がどしたん?」
「いや…..」
「ミージュ君が、比婆山に行くん?」
「ああ……いや、ミュージックって….」
「ミュージックって?フォーク?ウチ、『白いブランコ』が好きい!」
「ああ、『白いブランコ』ね」
「ビエ君も、『白いブランコ』好きなん?ウチら気が合うかもしれんね。うふっ」



と云うと、隣席の女子生徒は、勝手に照れて顔を背け、ビエール・トンミー君に話し掛けるのを止めた。

1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。昼休みであった。

「(驚いた!..ふうう…)」

窮地を脱したビエール・トンミー君は、口の中でため息をついた。

「(『ミージュ君が、比婆山に行くん?』って、知っているのかと思った)」

そうなのである。冊子『東大』の創刊号の巻頭読み物として掲載された『ミージュ・クージ vs ヒーバー』では、謎の怪獣『ヒーバー』退治に、『ミージュ・クージ 』が乗り出すとろで終っていたのだ。

「(しかし、それにしてもケシカラン!)」


(続く)



2018年8月26日日曜日

夜のセイフク[その47]





「(くだらん!実にくだらん!..ちっ!)」

ビエール・トンミー君は、口の中で唾を吐き捨てた。

ちぎったノートのページをホッチキス止めした冊子『東大』の創刊号の巻頭読み物として掲載された『ミージュ・クージ vs ヒーバー』のことである。

「(『ヒーバー』って、比婆山にいるらしい謎の怪獣だって!?それって、『ヒバゴン』と同じじゃないか!)」

その時、ビエール・トンミー君は、『ヒバゴン』のことはまだよく知らなかった。

しかし、冊子『東大』を開いて、『ヒーバー』と小声で呟いたことで、輪生の女子生徒から、比婆山に『ヒバゴン』という幻の怪獣がいると云われているらしいことを知ったばかりであった。

『ミージュ・クージ vs ヒーバー』の『ヒーバー』は、『ヒバゴン』の名前を変えただけのものとしか思えなかった。

「(エヴァ君ともあろう者がパクリか!それにしてもくだらん!..ちっ!)」



ビエール・トンミー君は、再び、口の中で唾を吐き捨てた。

『ヒーバー』が、『ヒバゴン』の名前を変えただけのものとしか思えないだけではなく、街(広島市)を襲ってくる、という話になっているのだ。

『ヒーバー』にしろ、『ヒバゴン』にしろ、どんな怪獣か知らないが、それまで比婆山で暮らしていたであろうに、何故、今、街(広島市)を襲ってくるのか、何の解説もないのだ。

「(全くくだらん!..ちっ!)」

ビエール・トンミー君は、三度、口の中で唾を吐き捨てた。そして…..

「それにだ、どうして、ミージュ君なんだ?!」

と、思わず、声を出してしまった。

1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。昼休みであった。

「なんか云うたあ?」

また、隣席の女子生徒が問い掛けて来た。


(続く)



2018年8月25日土曜日

夜のセイフク[その46]





隣席の女子生徒が、自分に関心を払うことがなくなったので、ビエール・トンミー君は、英語の教科書の下に隠した冊子『東大』を再び、手に取った。

1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。昼休みであった。

「(『vs』って何だ?)」

最初の読み物『ミージュ・クージ vs ヒーバー』のタイトルには、『vs』という見たことのない文字があった。

プロレス好きのエヴァンジェリスト君は、愛読するプロレス雑誌『ゴング』(当時は、月刊であった)でよく使われる『vs』という言葉を使ったのだ。

今では(2018年の今である)、『vs』という言葉は一般にもよく使用されるが、当時はプロレス等の格闘技の紙誌でしか使われていない言葉であった。



いくら秀才とはいえ、プロレスには一切興味のないビエール・トンミー君が知るはずもない言葉であった。

「(なんだ、『対』ってことか)」

しかし、エヴァンジェリスト君は、ちゃんと『vs』の下に、『対』と訳をつけてくれていた。

要するに、『ミージュ・クージ vs ヒーバー』とは、『ミージュ・クージ 対 ヒーバー』ということであったのだ。

「(さすがは、エヴァ君だ)」

買い被っていた、とがっかりさせられた友人ではあったが、ビエール・トンミー君は、自分の知らない英語(『vs』)を使い、しかも、その訳をちゃんとつけていることについては、エヴァンジェリスト君を評価せざるを得なかった。

しかし、……..

「(なんだ……そういうことか…….)」


(続く)



2018年8月24日金曜日

夜のセイフク[その45]





「うう……っ…….」

ビエール・トンミー君は、歯軋りをした。

「ビエ君いうたら、ヒバゴン、知らんのんじゃと」

自分よりはるかに学力の劣る生徒から、それも女子生徒から、馬鹿にされたのだ。

1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。昼休みであった。

「ヒバゴンって、イザナミの……..」

ビエール・トンミー君は、反駁を試みたが……

「はあ?何、云うとるん?」
「比婆山はイザナミノミコト葬られたところ…….」


広島県の庄原にある比婆山は、イザナミノミコト葬られた場所と云われているのは確かなのだ。

「怪獣じゃあないねえ」
「怪獣?」
「幻の怪獣よねえ」

その年(1970年)の7月20日、3日と続けて、比婆山で類人猿のような未確認動物が目撃されたのだ。

「みんな、ヒバゴン知っとるのに、ビエ君、知らんのん?」

その未確認動物は、『比婆山』で発見されたことから『ヒバゴン』と名付けられたことをビエール・トンミー君は、知らなかったのだ。

「ああ、そのヒバゴンかあ…..」

ビエール・トンミー君は、その場を取り繕う言葉を発した。

「ほうよねえ。ほいじゃけど、『その』も何も、他にヒバゴンはおらんよ」

ビエール・トンミー君は、取り敢えず、窮地を脱した。


(続く)


2018年8月23日木曜日

【突撃取材】『ガルウイング』は、あなたに?



「知らん、知らん!」

エヴァンジェリスト氏は不機嫌だ。

「こちらは分かっているんですよ。確認しているだけなんですよ!」

記者風の男は、怯まず訊く。

「もう一度、訊きます。『ガルウイング』は、あなたのものになるのですか?」
「ワシは、『ベンチ』はいらん!」



「へっ!くだらない冗談ですね。でもその冗談が、『知っている』証拠ですよ。『ガルウイング』って、『ベンツ』だと知っていて、『ベンチ』なんてツマラナイ冗談で誤魔化そうとしたんでしょう」
「ノーコメントだ!」
「まき子夫人のあの発言は、あなたへのメッセージなんでしょ?」
「君は、何のことを云っているのか?」
「昨日(2018年8月22日)の松屋銀座での石原まき子さんの発言ですよ。『石原裕次郎の軌跡』展の開幕のセレモニーで、舘ひろしが、石原裕次郎の形見のメルセデスベンツの300SLガルウイングをまき子夫人におねだりしたことはご存じでしょ?」
「何!?舘さん、そんなことを?」
「ほほー、得意のお惚けですか?舘ひろしが、おねだりしても、まき子夫人は、『そうはいかない』と即、却下したのですよ。ご存じのくせに」
「ほー、そうなのか。そりゃ、まあ、そうだろうな。『ガルウイング』は、裕さんのお気に入りだったものな」
「『裕さん』?へへー、あなた、石原裕次郎さんのことを『裕さん』って呼んでるんですか?そんな仲だったんですか?」
「いや、裕次郎さんとは面識はなかった」
「ということは、やはり、まき子夫人との関係なんですね?」
「いや、自分は、仕事で何度も新潟、長岡に行ったことはあるが、マキコさんとは会ったことはないぞ」
「ケッ!私を揶揄っているんですか!誰が、田中真紀子のことを話してるんですか!」
「ええい!田中真紀子であろうと、石原まき子であろうと、そんなことはどうでもいい。ワシに構うな!」
「逆ギレですか?分かっているんですよ。まき子夫人が、舘ひろしのおねだりを断ったのは、あの『ガルウイング』をあなたに譲るつもりだからだっていうことは!」
「知らん、知らん!」
「『ガルウイング』をあなたに譲るから、そろそろ石原プロに入って頂戴、というメッセージなんですよ、あの発言は」
「え?そうなのか….いや、知らん、知らん!」
「あなた、今、会社からの特命任務をしているから、直ぐには会社を辞められないんでしょ」
「うむ….」
「でも、来年(2019年)の4月であなたも65歳だ。再雇用も満了で、はれて自由の身となる。だから、まき子夫人としては、来年の5月からは、石原プロに入って欲しい、あの『ガルウイング』をあなたに譲るから、という意味だったんですよ、あの発言は」
「ノーコメントだ!」
「まき子夫人のあなたへのあんな深いメッセージをあなたは無視するんですか!?」
「五月蝿い!これ以上は、事務所を通してくれ!」
「分かっていますよ。あなたは、運転免許を持っていない」
「それがどうした?」
「だから、『ガルウイング』を運転することはできない」
「そうはそうだが….」
「しかし、奥様は運転免許をお持ちだ。しかも、長年、というか、結婚して此の方、クルマを持ったことがなく、そのことがエラクご不満だ」
「む…….」
「じゃあ『ガルウイング』をもらえればいいか、というと、奥様は、『ジャガー』好きだから『ベンツ』はお気に召さない」
「君は、やけにウチの事情を知っているなあ…..怪しいなあ」
「そんなことはどうでもいい。要するに、あなたは石原プロ入りをするんですか?!」
「いやいや、怪しい。君は、ひょっとして…..」
「私のことなんかどうでもいい!あなた、来年5月には、石原プロ入りするんんでしょ?」
「ああ、分ったぞ!君は、ビエール・トンミーの回し者だな!」
「ノーコメントだ!」
「ビエールの奴、自分はもう4年前から完全隠居状態で退屈し切っているから、ワシの動向が気になってしようがないのだな。ワシが世から求めらることが気に入らんのか?!」
「ノーコメントだ!」
「君は、ビエールの犬だな!」
「ええい、失敬な!ノーコメントだ!五月蝿い!これ以上は、事務所を通してくれ!」

と云うと、記者風の男は、エヴァンジェリスト氏の許を去って行った。


(おしまい)





2018年8月22日水曜日

夜のセイフク[その44]





「い、い、いや、なんでもない….」

隣席の女子生徒の質問に、ビエール・トンミー君は、動揺を隠せぬまま答えた。

「ヒーバー云うた?」
「いや…..」
「なんのことねえ?」
「いや…..」
「比婆山のこと云うたん?」
「あ…!....ああ……」
「比婆山行くんね?」
「え?....ああ、親が行こうかと….」

咄嗟に嘘をついた。



「比婆山行くんじゃったら、気ーつけんさいよ」
「え?」
「ヒバゴンよね」
「ヒバゴン?」
「そうよねえ、ヒバゴンよ」
「ヒバゴン?」
「あんたあ、ヒバゴン、知らんのんねえ?」

女子生徒は、明らかに『呆れた』という表情をして、前の席の女子生徒の背中をつついた。

1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。昼休みであった。

「ビエ君いうたら、ヒバゴン、知らんのんじゃと」
「ええー!あがいに有名なのにい?」

もう一人の女子生徒も、ビエール・トンミー君に軽蔑の眼差しを向けた。


(続く)



2018年8月21日火曜日

夜のセイフク[その43]





ちぎったノートのページをホッチキス止めした冊子『東大』の表紙をめくり、その中を見た時、ビエール・トンミー君は、そこに、『東大に入る為の手作りの問題集かもしれない』と一縷の望みを託していたことを恥じた。

「(な、な、なんなんだ、これは!)」

エヴァンジェリスト君のことを、自分の他の『もう一人の秀才美少年』と評価していたことを悔いた。買い被りであった。

「(ミージュ・クージ…..って……)」

ビエール・トンミー君は、教室の入り口近くの席で、エヴァンジェリスト君に話し掛けられているミージュ・クージ君を見た。

1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。昼休みであった。

「(…….で…..『ヒーバー』?)」

聞きなれぬ耳慣れぬ言葉であった。



「『ミージュ・クージ vs ヒーバー』?」

思わず声を出したので、隣席の女子生徒が顔を向けた。ビエール・トンミー君は、急いで冊子『東大』を英語の教科書で隠した。

「なんか云うたあ?」

女子生徒が問い掛けて来た。


(続く)



2018年8月20日月曜日

夜のセイフク[その42]



夜のセイフク[その41]の続き)


『東大に入る会』は、『何会』を改名しただけのものであった。少なとくもビエール・トンミー君には、そうとしか思えなかった。

「(結局、エヴァ君は、自分の書き物を発表する『場』が欲しいだけなんだ)」

ちぎったノートのページをホッチキス止めした冊子『何会』は、同じくちぎったノートのページをホッチキス止めした冊子『東大』になった。

「東大に入ろうね」

エヴァンジェリスト君は、そう云った。

「(ボクが馬鹿だったんだ……)」

エヴァンジェリスト君の言葉を間に受けた自分の愚かさを知った。

「(この『東大』だって、どうせ碌でもないことしか書いてないのだろう)」

とは思ったものの、一縷の望みを抱いて、ビエール・トンミー君は、机の上に置かれた、ちぎったノートのページをホッチキス止めした冊子『東大』の表紙をめくった。

「(東大に入る為の手作りの問題集かもしれない)」



1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。昼休みであった。

「(こ、こ、これは!)」


(続く)



2018年8月19日日曜日

夜のセイフク[その41]



夜のセイフク[その40]の続き)


「これからは、これだよ」

というエヴァンジェリスト君の言葉と共に、自らの机の上に置かれた物を見た時、ビエール・トンミー君は自身の考えが愚かであったことを知った。

「家に持って帰っていいよ。ゆっくり読めばいいさ」

ネイティヴな広島人であるのに広島弁を使わぬもう一人の美少年は、そう云うと、ビエール・トンミー君の席から離れて行った。

1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。昼休みであった。

「(こ、こ、これは………!)」

机の上に置かれたのは、ちぎったノートのページをホッチキス止めした冊子のようなものであった。

「(『東大に入る会』って、東大に入ることを目的とした『会』ではなかったのか!)」

ちぎったノートのページをホッチキス止めした冊子のようなものの表紙には、汚い手書きの文字で『東大』と書いてあったのだ。




「(こ、こ、これは………!)」

そう、そ、そ、それは、『何会』というタイトルが、『東大』と変っただけのものとしか見えなかった。


(続く)