『少年』は、当時(1967-1969年頃)、人気となっていたグループ・サウンズの一つである『ザ・ワイルドワンズ』のヒット曲『青空の有る限り』という曲のどこがいいのか分らなかったが、そんなことではハブテン少年ではあったのだ(そもそもハブテルことでもなかった)。
だって、ハブテルと、
「あんたあ、ハブテンさんな」
と母親に叱られるのだ。
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(ハブテン少年[その134]の続き)
「君、型はええのお」
オジイチャン先生が、プールサイドから、そう声をかける。
「うぷっ!」
しかし、泳ぎを止めたエヴァンジェリスト少年は、『ミドリチュー』(広島市立翠町中学)のプールで、危うく水を飲みそうになっていた。
「(んぐっ!)」
近くで何か、音のような声のようなものが聞こえて気がし、顔を横に振ったが、プールの波に太陽光が反射し、思わず目を閉じたものの、
「うぷっ、ぷっー!」
エヴァンジェリスト少年が口を尖らせ、音を発した方に顔を向き直した。
「型はええけえ」
エヴァンジェリスト少年の泳ぎを褒めるのは、70歳くらいと見えるオジイチャンであった。臨海学校の助手になる3年生の生徒たちを指導するのは、地元広島にある大学で体育の講師をしているという老人であった。
「(そうだ、ボクは元々、泳ぎが下手だった訳ではないのだ)」
水に濡れた顔を拭ったエヴァンジェリスト少年は、頬に笑みを浮かべた。しかし、少年は、オジイチャン先生の言葉を総ては理解していなかった。
「(型はええのに、どうしてなんかいのお?)」
確かに、今、少年は、水をかいた教えた通りの型でクロールで泳いだのだが、
「(どうして息つぎせんのんかのお?)」
エヴァンジェリスト少年は、見事な泳法でクロールを泳いだが、泳いでいる間、息つぎをしないのだ。
「君、型はすごいええけえ、息つぎもちゃんとしんさい」
「(む。……)」
エヴァンジェリスト少年の頬から、笑みが消え、
「(息つぎかあ…..)」
眉間に皺ができた。
「(泳いでいる途中に口を開けたら、水が入ってきてしまう……)」
だから、プールの25mを泳ぎきることはできなかった。
「(プールの水なんか飲みたくない)」
それは、クロールだけではなく、バタフライでもそうであった。
(続く)