「アイツに声をかけてきた若い女性は、アイツの放つ『異臭』に立ち眩みでもしたのじゃないのか?」
というビエール・トンミー氏を取材対象とする特派員宛のiMessageを送信ながら、エヴァンジェリスト氏は自らの鼻を摘まむようにした。
「確かに、何かの衝撃に身を後ろに引いたようには見えましたが、それは、あの方が、トランクにフロントガラスを拭く為のスプレーとウエスをしまい、出先から帰るべく、運転席に座ろうとされた時でした。ああ、ウエスって、布のことです」
「英語の『waste』が鈍って『ウエス』になったんだろ。『waste』は、廃棄物とかいう意味で、不要となった布切れから作ったから『ウエス』と呼ばれるようになったんだろうが、それを英語で云うなら『waste cloth』なんだろうに」
「ああん?また博識系ですか。アナタには似合いませんよ」
「ふん!で、何故、アイツは、出先の道端で『Eクラス』のフロントガラスを拭いたんだ?」
「フロントガラスが汚れていたのだろうと思います」
「であれば、自宅を出る前に拭けばいいものを、出先の道端で拭くなんて、なんだか自分の『Eクラス』を他人に見せびらかしているみたいだな」
「少し雨模様でしたから、自宅を出た後の汚れが気になられたのではないかと思います。あの方は、いつも奥様に、『視界は常に晴朗に』と仰っていますし」
「アイツ、水野晴郎はもう亡くなっているから、映画鑑賞会の司会は頼めんのにのお」
「いやあ、あなたって本当にクダラナイですねえ。『視界は常に晴朗に』したので、あの若い女性にも、はっきり見えたのだと思います」
「は?どこに、何を見たんだ?」
「ダッシュボードです」
「なんだ、ダッシュボードの上にエロ写真を置いていたのか?」
「私のあの方を侮辱なさらないで下さい!」
「へ?『私のあの方』?」
(続く)