「この旗の印は、何なの?」
そう、『少年』の眼は、広島の老舗デパート『福屋』の大食堂で、妹の前に置かれたお子様ランチの山のように盛られたケチャップのご飯の上の旗を見ていたのだ。
「ああ、それか。それは、『福屋』のマークだよ」
『少年』の父親は、躊躇なく答えた。
「でも、なんか、輪っか、というか、土俵でもないけど、その中に書いてあるのは、『福』じゃなくて『三』みたいだけど?」
『少年』の指摘通り、お子様ランチの旗に描かれた『福屋』のマークには、『福』の文字はなく、漢数字の『三』を波打たせたようなものが描かれていた。
「ああ、周りにある模様は、元は、『七宝つなぎ』というんだ。『七宝紋』ともいうと思う。『福屋』のマークの周りのところをどんどんつないだ模様だ」
「『しっぽう』って、『七宝焼き』の?」
「ああ、その『七宝』だ」
「『福屋』のマークって、『七宝焼き』でできてるの?」
「いや、そういうことではないんだ。『七宝』って、元々は、仏教の言葉で、金とか銀とか瑠璃なんていう七つの宝玉、まあ、宝物のことを云ってね、その宝物のように美しい、という意味で使われるようになったんだよ。だから、『七宝つなぎ』と『七宝焼き』とは、直接は関係ないんだが、どちらもとても美しい、縁起がいい、ということなんだ。『七宝つなぎ』も、無限に繫がっていく模様だから縁起がいい、とされているんだよ」
「ああ、だから、この模様は、七角形だから『七宝』ということじゃないいんだね。どちらかといえば、四角形だもんね」
「おお、そう、四角形な感じだろ。だから、『四方』(しほう)がなまって『七宝』(しっぽう)になったんじゃないかとも云われているみたいだぞ」
という、どこまでも『パパはなんでも知っている』の『パパ』のような『少年』の父親の説明を、周囲の別のテーブルの家族たちだけではなく、大食堂のウエイトレスも、注文された食事を給仕しながら、耳にし、厨房入口まで戻ると同僚たちに、得たばかりの知識を披露した。
「ウチの(福屋の)マークは、『シッポウ』なんじゃと」
「ええ、なんねえ、『シッポウ』いうて?犬の尻尾のことなん?」
「違うよねえ。『シッポウ焼き』の『シッポウ』らしいんよ」
「『シッポウ焼き』いうて、まんじゅうみたいなん?」
「よう知らんけど、なんか縁起がエエんじゃと」
「ほうなんねえ」
「あの『パパ』さん、なんでもよう知っとってみたいじゃ」
「そういうたら、『パパはなんでも知っている』の『パパ』に似とらん?」
「あ、『パパ』さんのカキフライ定食できたけえ、持っていくけえね」
と、ウエイトレスが、カキフライ定食をお盆に乗せ、『少年』とその家族のテーブルに向った。
(続く)